ジョー・バイデン米大統領が3日、日本製鉄によるUSスチール買収の中止を命じたことは、米国の製造業と安全保障に害を及ぼす経済的マゾヒズムの行為だ。また、対米外国投資委員会(CFIUS)を露骨な政治的えこひいきのために堕落させるものであり、投資先としての米国の評判に傷をつける。
日鉄による150億ドル(約2兆3600億円)での友好的な買収案は、経営難に陥っているUSスチールを再活性化しようとするものだったが、選挙政治と経済ナショナリズムの犠牲になった。ドナルド・トランプ氏がこの買収に反対を表明したことを受け、バイデン氏は全米鉄鋼労働組合(USW)の機嫌を取るため、買収を阻止すると約束した。
この買収を経済的側面で見れば、USスチールと同社従業員の双方にとって圧倒的に理にかなっている。日鉄は、USスチールの老朽化した工場を最新のものにし、労働協約を順守するために27億ドルの新規投資を約束した。また、USスチール従業員に5000ドルのボーナスを提示し、雇用を保証するとともに、工場の生産能力削減をCFIUSに阻止させることに同意するなど政治的な「甘い餌」を提供した。
クリーブランド・クリフスとの合併を好むUSWのデービッド・マッコール会長は、こうした条件のいずれにも満足しなかった。2023年にUSスチールの買収合戦で日鉄に競り負けたクリーブランド・クリフスのローレンソ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)は、日鉄による買収を阻止するようホワイトハウスに働きかけた。関税と「バイ・アメリカ」規則によって外国との競争から守られた鉄鋼カルテルを作りたいからだ。
クリーブランド・クリフスとUSスチールが合併すれば、米国の高炉による製鉄の100%、電気自動車(EV)モーター向け国内鋼材の100%、車両に使用されるその他の国内鋼材の65~90%を支配することになる。ただ、現時点で時価総額47億ドル、負債額38億ドルのクリーブランド・クリフスは、USスチールの買収資金の捻出にさえ苦労し、ましてや工場を再活性化させるのに十分な設備投資を行うのは難しいだろう。
USスチールの株価は3日に7%下落し、日鉄による買収計画が発表されて以降38%安となっている。投資家はUSスチールが破産して切り売りされる可能性を懸念している。USスチールの幹部は、日鉄による買収が成立しなかった場合、工場閉鎖の可能性があると警告している。こうした事態が労働者にとってどのような利益となるのだろうか。