大統領選の中で政治問題化
買収は合理的と考えられている日本
これまでの経緯を振り返ると、次の通りだ。
経営再建中のUSスチールは2023年夏、自力での再建を諦め、身売りを表明した。同年12月に、日本製鉄が米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスなどに入札で勝ち、USスチールを約141億ドル(約2兆円)で買収する計画を発表した。
これに対して全米鉄鋼労働組合(USW)は、即日、反対を表明した。
アメリカの国家安全保障上の利益にかなうかどうかが問題だという理由だが、USWは、クリーブランド・クリフスを買収先として考えていたからだといわれる。
ところが、この問題は、アメリカ大統領選の中で政治問題化した。24年1月にはトランプ氏が反対を表明し、バイデン氏も慎重にならざるを得なくなった。
4月12日に、USスチールの臨時株主総会が買収計画を承認した。賛成比率は投票総数の99%だった。
その後、政府の対米外国投資委員会が、国家安全保障上の脅威になるかどうかを審査したが結論が出ず、判断をバイデン大統領に一任していた。
この問題に関する日本での一般的な受け止め方は次のようなものだ。
日本製鉄によるUSスチール買収計画は、経済的に合理的なものだ。それをアメリカが政治的な理由で没にした。これは誠に不合理なことだ。
より詳しく言えば、次のようなことだ。
(1)日本製鉄による投資で、USスチールの設備が更新され生産性が上昇する。だから、これはアメリカの立場から見て望ましい。
(2)日本製鉄の立場から見ても、鉄鋼製品の大市場であるアメリカで生産を増やすことができる。だから、日本のためにもなる。
(3)それにもかかわらずアメリカの政治家は大統領選の中で鉄鋼産業が多いラストベルトの労働者や住民の票を獲得するために、USWの意向に沿わざるを得なかった。つまり、政治的な理由によって、経済的には不合理な決定をしている――というものだ。
生産量にこだわる発想は時代遅れ
重要なのは企業価値が増えるかどうか
しかし、私はこのような見方には同意できない。私は、日本もアメリカも間違っていると思う。
最初に、日本側の考えや受け止め方に対する疑問を挙げると、私が理解できないのは、日本製鉄がなぜUSスチールの買収にこだわるのか、なぜアメリカでの生産にこだわるのかだ。
より一般的に言えば、なぜ日本で生産してアメリカに輸出するのではダメなのか?なぜアメリカ企業を買収して、現地生産をする必要があるのか?ということだ。
日本製鉄は、日本国内の粗鋼需要の増加がこれ以上は見込めない中で、アメリカは先進国の中でも安定した大きな需要が見込めることを買収の理由に挙げている。買収に成功すれば、日本製鉄の粗鋼生産量は世界第4位から第3位になるといわれる。
確かに鉄鋼業は規模の利益が大きい産業だ。しかし、生産量だけを増やしたところでどれだけ意味があるだろうか?
重要なのは、付加価値の高い製品を作ることによって、企業価値を高めることだ。実際、中国が世界粗鋼生産量の約半分を占めている今、いくら生産量を増やしても中国の製鉄会社には勝てない。
だから、買収が不成立となっても、それは日本にとって大きな損失にはならないだろう。