実質賃金は長期的に低下
物価上昇の原因、きちんと解明を

 言うまでもないことだが、実質賃金の増加率が長期的・安定的にプラスになるかどうかは、大変重要な問題だ。それは人々の暮らしの基本を決めるものだからだ。

 今の状況は、実質賃金が低下するという大筋の傾向は変わっていないので、その原因をきちんと把握して、対策を考えることが必要だ。

 日本の実質賃金は、より長期を見ても傾向的に低下している。毎月勤労統計調査の上半期の対前年同期比を見ると、従業員規模30人以上の事業所も、5人以上の事業所もそうだ。5人以上は24年で上昇に転じたが、30人以上は低下を続けている。

 ところが、最近のインフレの中で名目賃金は上がっている。とりわけ23年と24年の上昇率は、近年に見られないほど高率の伸びだ。これは、23年と24年の春闘で極めて高い賃金上昇率が実現し、それが経済全体に広がったことによる。

 そして25年にも強気の見通しが相次いでいる。連合は春闘の目的として、定昇込みで5%の上昇率を掲げている。これより高い目標を掲げる組合もある。

 しかし、名目賃金が上昇するにもかかわらず、実質賃金は上昇しないばかりか下落している。

 したがって、まず何よりも先に明らかにする必要があるのは、なぜ物価上昇が沈静化しないかだ。

輸入価格は24年9月以降マイナス
物価上昇の主因は賃上げ分の価格転嫁

 日銀が物価の水準や推移を判断している消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は、11月は前年同月比2.7%増だった。「2%物価目標」実現を掲げてきたなかで、消費者物価の上昇率は22年4月に2%を超えて以降、24年の11月までずっと2%台だ。

 では、なぜ消費者物価が上がるのか?

 これまでは、輸入物価の高騰が消費者物価を引き上げてきた。しかし、現在の状況はそれとは異なる。日銀の統計によれば、円ベースでの輸入物価の対前年比は、24年9月以降、11月速報値までマイナスとなっている。

 さらに日本政府は、物価対策としてガソリン代を抑えているし、電気・ガス料金の対策も復活させた。これによって消費者物価の統計値を実態より低く抑えている。

 輸入物価が下がり、政策が物価対策で物価を抑えようとしているのに、物価が上がっている原因は、賃金上昇の背後にあるメカニズムにある。

 仮に労働生産性が上昇することによって賃金が上がるのであれば、それを販売価格に転嫁する必要はない。問題は、企業が賃上げ分を価格に転嫁するからだ。そして、最終的にはそれが消費者物価に転嫁される。いわば消費者は、自分で自分の賃上げを負担しているのだ。

 このため、輸入物価が下落するにもかかわらず、そして政府が物価対策を講じているにもかかわらず、消費者物価の上昇が収まらない。

 賃上げが転嫁によらざるを得ないのは、労働生産性が上昇しないにもかかわらず、賃上げが行われていることを意味する。労働者を全体としてみれば、自分の賃上げ分を負担するのでは、賃金の実質値が増えることにはならない。これは考えてみれば当たり前のことだ。

 いまの名目賃金の上昇が、労働生産性の上昇によるものでないことは、単位労働コストの分析によって確かめることができる。これについては、すでに本コラム「物価と賃金の好循環は本物か? 生産性上昇が伴わない賃上げは危うい」(2024年11月28日付)などで、指摘してきた。

 要点を繰り返せば、次の通りだ。「単位労働コスト」とは、一単位のモノを作るために必要とされる名目賃金報酬のことである。生産性が上昇しないにもかかわらず賃金が上昇すれば、単位労働コストは上昇する。

 実際のデータを見ると、最近の数年間の上昇が著しい。これは春闘での高い賃上げの影響だ。しかもその賃上げが、生産性が上昇していないにもかかわらず行われたからだ。

 これは、賃上げが企業利益圧縮によって行われているか、あるいは転嫁されて最終的に消費者の負担になっていることを意味する。

 中小零細企業の場合には、企業利益が圧縮されている可能性がある。しかし、大企業の場合には、この数年間の利益の増加が顕著であることから見て、売上価格に転嫁されている可能性が高い。

 そして、このことが最近の時点における消費者物価上昇の主要な要因になっていると考えられる。