日本製鉄のUSスチール買収に、バイデン米大統領が中止命令を下した。日鉄は苦境を打開すべく訴訟に踏み切ったが、買収成功のハードルはあまりに高い。超大型買収を仕掛けた日鉄の“二つの誤算”を明かすとともに、USスチールを買収するために残された唯一の「成功シナリオ」を明らかにする。(ダイヤモンド編集部 今枝翔太郎)
日鉄は、米国でのロビー活動費を急拡大!
アドバイザーに起用した大物米国人の神通力は?
「バイデンの不当な判断」
日本企業のトップが米国大統領を呼び捨てで非難するという、前代未聞の事態は、国内経済界の正月ムードを吹き飛ばした。今月7日に開かれた会見で、日本製鉄の橋本英二会長兼CEO(最高経営責任者)が、バイデン大統領が米USスチール買収中止命令を出したことに対して怒りをぶちまけたのだ。
バイデン大統領による買収阻止に対しては、石破茂首相や岩屋毅外相が懸念を表明しており、一企業による買収劇が今では国家間の外交問題に発展しつつある。
日鉄が2023年12月に発表したUSスチール買収は、大統領選を控えたトランプ、バイデン・ハリス両陣営が反対したことで政治問題化した。発表当初は24年4~9月のクロージングを見込んでいたが、見通しはずれ込み、遂には大統領に阻止されるという異例の展開を迎えることになった。この事態を日鉄が買収検討時に想定していたとは考えられず、誤算があったと言わざるを得ない。
日鉄とUSスチールは、この買収に対する「不当介入の是正」を求めて2件の訴訟を提起した。一つはバイデン大統領の命令や対米外国投資委員会(CFIUS)の買収審査の無効を求めるもの。もう一つは、日鉄とUSスチール買収を争った米クリーブランド・クリフスと同社のローレンソ・ゴンカルベスCEO、全米鉄鋼労働組合(USW)のデビッド・マッコール会長が「共謀して行った違法行為」に対する訴訟だ。訴訟提起を伝えるプレスリリースの文面からも、橋本会長の憤慨ぶりが伝わってくる。
橋本会長は会見で「勝訴できる可能性はある」と強気だったが、訴訟によってバイデン大統領の買収中止命令を覆すのは、相当にハードルが高い。
日鉄の部長級ベテラン社員は、「新聞各社は社説で当社を応援してくれていて、世論が味方についている。この買収はきっとうまくいく」と自分に言い聞かせるように熱弁をふるうが、舞台が米国の司法の場に移った今となっては、国内世論は何の効力も持たない。
日鉄がUSスチールを買収できる可能性は全くないのだろうか。詳細は後述するが、ほぼ唯一といえる「買収成功シナリオ」が存在するのだ。
次ページでは、超大型買収を仕掛けた日鉄の「二つの重大な誤算」を明かすとともに、USスチールを買収するために残された道を明らかにする。