そして、そのエリートには、重大な欠点があったのである。
それが、ジャガイモ疫病という病気に弱いということだった。
全国で、1つの品種しか栽培されていないということは、1つの株がある病気に弱ければ、国中のジャガイモがその病気に弱いということになる。そのため、アイルランドでは国中のジャガイモが壊滅してしまったのである。
それがアイルランドで起こった事件である。
それでは、原産地の南米アンデスでは、どうだっただろう。
南米アンデスのジャガイモは
なぜ壊滅を免れたのか
アンデス文明から続く、長い歴史の中で、南米アンデスでジャガイモが壊滅するようなことは起こらなかった。
南米アンデスでは、さまざまなジャガイモの品種が栽培されている。つまりは、個性豊かなジャガイモがそこで栽培されていた。
収量が多い品種もあれば、ある病気に強い品種もある。ある病気に弱くても、他の病気に強い品種もある。このように南米アンデスでは、さまざまな個性を持っていたジャガイモを一緒に栽培していたのである。そのため、病気が発生して枯れる株があったとしても、すべての株が枯れてしまうようなことは起こらなかったのである。
このアイルランドで起こった大飢饉は、「多様性」の大切さを説明するエピソードとして語られる。
アイルランドのジャガイモは個性を失っていた。そのため、ジャガイモ疫病によるアクシデントを乗り越えることができなかったのだ。
実際に野生の動植物は、遺伝的な多様性を持っている。
たとえば、植物であれば、同じ集団の中に乾燥に強いものがあったり、寒さに強いものがあったりする。病気に強いものもあれば、成長が早いものがある。このようにさまざまな個性を持たせることで、どのようなことが起こっても、どれかは生き残る仕組みを作っているのである。それが遺伝子の持つ「多様性」である。
何が起こるかわからない状況では、さまざまな性質を持つ方が良い。
そのため、野生の動植物は遺伝的な多様性を持っているのだ。
しかし、私たち人間は科学文明を築き上げた。
ジャガイモとは違う。
実際にジャガイモだって、現代ではメークインや男爵など、決まった品種が栽培されるようになっている。農薬などの技術の発展が多様性を必要としない単一品種の栽培を実現したのだ。
もし世界が全員「僕」だったら
理想の世界を作れる?
こんな科学技術の発達した現代においても、個性や多様性なんて必要なのだろうか?
ジャガイモは優秀な芋を増殖して殖やしていく。つまり、クローン増殖だ。