研究員のイメージ写真はイメージです Photo:PIXTA

遺伝性疾患は従来、不治の病と思われていたが、いまや生命科学が進歩し、治療できる時代になってきた。iPS細胞などの再生医療から、ワクチンまで、幅広い分野で役立っている遺伝子研究の現状を、専門家が易しく解説する。※本稿は、石浦章一『70歳までに脳とからだを健康にする科学』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。

老化も治療できる再生医療
ES細胞よりiPS細胞の方が都合が良い?

 最新の老化研究事情を紹介しましょう。それは、再生医療を利用した老化の治療法です。認知症になってしまったら、脳の神経がなくなっていくわけです。こういうときにどう治療すればいいかというと、脳に新しい神経を作らせるのが一番です。それが再生医療というやり方です。その自分の遺伝子を持った神経はどこから作るかというと、iPS細胞を使いましょうという話です。

 再生医療というのは、自分の欲しい細胞を人工的に作り出す医療です。歴史的に言いますと、私たちのからだの中には、将来、筋肉や神経を作るものがからだのどこかにあるのです。それを体性幹細胞と言います。この体性幹細胞の量は非常に少ないのです。この将来、脳になるものが血液の中から採取できれば、それを脳に注射すれば、ぼけた人がまた元に戻る可能性もあります。ここでは遺伝子操作は一切行われておらず、安全な再生医療です。しかしこの幹細胞の量はとても少ないので、現実的には結構難しい。

 もっと別の方法がないでしょうか。他人のES細胞を使うという手もあります。ES細胞とは胚性幹細胞の略です。ヒトの胚はからだ全部を作る能力があります。当然、神経細胞を作ることもできますから、それを自分に移植することは可能です。しかしこれには拒絶反応という問題があります。一番良いのは自分のからだの細胞を神経に変えることです。例えば皮膚の細胞を神経細胞に作り替える手法が、iPSというやり方なのです。

 ちょっと説明しましょう。歴史的には、胚性幹細胞(ES細胞)を使うと自分の望む細胞を作ることができるのではないかということがまず考えられました。これは、女性の未受精卵を取ってきて、その細胞の核を取り去ります。これを除核と言います。そこに私のからだから細胞核を取ってきて除核卵に移植するのです。この細胞核は私のものですが、残りの卵全体は他人のものです。

 しかしここから分裂してできる細胞は私のDNAが作るものですから拒絶反応は起こしません。しかもES細胞は、ドナーがいればいつでも手に入るものです。体性幹細胞のように、非常に少なくて分離に苦労するものとは違います。もし欲しい細胞が神経なら、神経に分化する因子を作用させればいいだけです。ここはESであろうが体性幹細胞であろうが、同じです。しかしこの方法には、ドナー探しという難題が出てきます。