今年1月、FacebookとInstagramを運営するMetaのCEOマーク・ザッカーバーグが、通信社や専門機関に委託していたファクトチェックを廃止し、Xで行なわれているようなユーザーが問題のある投稿にコメントをつける「コミュニティノート」方式に切り替えると発表した。その理由としてザッカーバーグは、「(第三者のモデレーターによる)これまでのファクトチェックは政治的に偏りすぎていた」「表現の自由についてのわれわれの原点に戻るときだ」と説明した。

ザッカーバーグはfacebookでトランプの投稿に制限をかけなかった判断をリベラルから強く批判された

 ザッカーバーグの“変節”は、2期目の大統領となるドナルド・トランプとの関係を改善するのが目的だとリベラルなメディアから批判された。たしかにそのような意図もあるのだろうが、Facebookはそれ以前から「表現の自由」と「コンテンツモデレーション」の隘路(あいろ)で苦闘していた。とりわけトランプが2015年に共和党の大統領予備選に出馬し、「イスラーム諸国からの入国禁止」「メキシコとの国境に壁をつくる」など過激な(従来のポリコレのコードでは「レイシズム」に該当する)主張をするようになって、たびたび窮地に立たされた。

 ザッカーバーグは、合衆国憲法修正第1条に明記されている「言論の自由の保護」はきわめて重要で、フェイスブックは「ユーザーが知識を得て理解を深めるために、さまざまな意見やアイデアが飛び交う場」であるべきだと考えていた。だが16年にトランプが大統領に当選すると、トランプの投稿に制限をかけなかった判断をリベラルから強く批判される(その後、8000万件ものユーザー情報が流出してトランプの選挙対策本部に悪用されたとの疑惑が生じ、ザッカーバーグは連邦議会での釈明を余儀なくされた)。

 FacebookではCOOのシェリル・サンドバーグを中心にコンテンツモデレーションのチームを立ち上げたが、たちまちトラブルに翻弄(ほんろう)されることになる。

 これについてはすでに書いたが、一例を挙げれば、2008年には授乳している写真をシェアすることを認めるよう求める世界中の母親たちと争い、10年には香港の民主化運動グループのアカウントを停止したことが大々的に報道され抗議が殺到した。11年には、オーストラリアの野党党首トニー・アボットの娘たちを揶揄(やゆ)した名称のページを削除しないという決定を下したことで海外の有力政治家の逆鱗に触れた。なにが適切なmoderation(節度・中庸)なのかを決める基準はどこにもなかった。

 表現の自由についてのザッカーバーグの理想論は、新型コロナの感染拡大とSNSで広がる偽情報によってさらなる試練にさらされた。2021年1月、「選挙を奪われた」するトランプ支持者が連邦議会議事堂を占拠すると、トランプのアカウントの無期限凍結に追い込まれた(その後、2年間の凍結後に再審査することに変更し、23年3月に復活させた)。

facebookのファクトチェック廃止やTwitterの買収から「そもそも民間企業による投稿管理が可能なのか」を考えるPhoto/metamorworks / PIXTA(ピクスタ)

【参考記事】
●フェイスブックが翻弄された「表現の自由」と「フェイクニュース対策」は、「公益」と「私益」という両立が難しい二律背反のビジネスモデルのジレンマ

 偽情報やヘイト投稿への批判は、現在はイーロン・マスクが買収・非公開化したX(旧Twitter)に集中している。リベラルはXもFacebookと同様のファクトチェックやコンテンツモデレーションをすべきだと唱えてきたが、そのFacebookがXにならったことで主張の根拠は揺らいだ。

 なぜこのようなことが起きたのか。ここでは「トランプへのすり寄り」という安易な解釈ではなく、Twitter創業者であるジャック・ドーシーの体験から、「そもそも民間企業による投稿管理が可能なのか」を考えてみたい。

Twitter社をイーロン・マスク氏が買収するに至った経緯とは?

 カート・ワグナーはBloombergでテクノロジーとソーシャルメディアを担当するジャーナリストで、『TwitterからXへ 世界から青い鳥が消えた日 ジャック・ドーシーからイーロン・マスクへ、炎上投稿、黒字化、買収をめぐる成功と失敗のすべて』(鈴木ファストアーベント理恵訳/翔泳社)で、2015年にドーシーがTwitterのCEOに復帰してから22年にマスクによって買収されるまでの混乱を膨大な取材をもとに描いている。――原題は“Battle for the Bird; Jack Dorsey, Elon Musk, and the $44 Billion Fight for Twitter's Soul(あの鳥をめぐる戦い ジャック・ドーシー、イーロン・マスク、そしてTwitterの魂をめぐる440億ドルの戦い)”。

 買収の経緯は本書を読んでもらいたいが、ひとつ指摘しておくなら、同じSNS企業であるにもかかわらず、Facebookと比較して売り上げも収益も大きく劣るTwitterは株主から強い圧力をかけられていた。行き詰まったTwitterは、2016年にディズニーからの買収の打診を真剣に検討した。

 ドーシーは13年からディズニーの取締役を務めており、CEOのボブ・アイガーの大ファンだった。だがアイガーはドーシーの熱望にもかかわらず、「問題は、私が引き受けようと思っていた範囲を超えて大きく、私たちが引き受けるべき責任だと考えていた範囲を超えて大きかった」として交渉から降りてしまった。

 ディズニー側が懸念したのはTwitterに蔓延(まんえん)するヘイト投稿で、それがディズニーのブランド(ミッキーとミニー)を危険にさらすと(正しく)判断したのだ。それでもTwitterの取締役会はあきらめきれず、再交渉を求めたが、そのときに提示されたのは当初の提案から大幅に安い150億ドルという、とうてい受け入れることのできない金額だった。

 買収の話がなくなったことで、Twitterは自力で売り上げと利益を大幅に伸ばし、アクティヴィストファンド(物言う株主)などからの要求に応える以外になくなった。ドーシーは「やるからには思いきりやろう」として、大々的な投資と従業員の採用に踏み切った。

 皮肉なことに、瀕死の状態だったTwitterが生き延びるきっかけをつくったのは、大統領選に出馬したドナルド・トランプだった。

 トランプのアカウントのフォロワー数は2015年6月に立候補を表明したときの300万人から半年で570万人と倍増した(そして大統領に当選すると、フォロワー数はたちまち1億人を超えた)。だが驚異的なのはエンゲージメント(「いいね」やリツイートの数)の高さで、トランプがなにかを投稿するたびに世界中の注目が集まり、Twitterの価値は高まった。

 ワグナーは、「ツイッターとドーシーは、トランプの『アシスト』のおかげで、ビジネスの世界では不可能に近いと思われていたことをやってのけた。人気が頭打ちになった主要コンシューマープロダクトを再び蘇らせたのだ」と、皮肉を込めて書いている。

 だがこの「共生関係」も、21年1月の連邦議会議事堂占拠事件でトランプのアカウントを凍結せざるを得なくなったことで終わり、その後、ドーシーはTwitterの経営に関心を失っていく。そんなときにマスクが、440億ドルでTwitterを買収すると提案したのだ。

 5年前にディズニーから150億ドルという屈辱的な提案を受けたTwitterの取締役会からすれば、440億ドルは法外な金額だった。その後、マスクはTwitterの株価が大幅に割高なことに気づいて買収を保留し裁判に訴えたが、すでに契約書に署名していたことから前言を撤回することはできなかった。

 ドーシーがCEOだった最後の1年、Twitterは株主を満足させるための達成不可能な目標を掲げ、狂ったように新規採用を行なってきた。従業員は1年のうちに約36%増加し、全世界で7500人を超え、それにともない経費は51%上昇した。

 売り上げの伸びを大幅に上回る勢いで支出が増えたことでTwitterは赤字に転落し、大規模なリストラなしでは経営を続けることができなくなっていた。マスクが買収提案したときには、Twitterは1000人を超える従業員を解雇する予定だった。――もうすこし待っていれば、マスクはバーゲン価格でTwitterを買収できただろう。

 マスクはこのリストラをさらに徹底し、全従業員の8割にあたる6000人を解雇し、会社は大混乱に陥った(それにもかかわらずサービスは維持された)。だがこれは、実態としては、もともと3500人程度だった会社を1500人で運営するようにしただけで、健全だった会社を理不尽な人員整理によって“破壊”したわけではない。

 ドーシーが当初、マスクによる買収を歓迎したのは、そうでもしないかぎり「青い鳥」が消えてしまうことを知っていたからだ。