大混戦が予想された米大統領選挙だが、ドナルド・トランプが激戦州すべてを制し、総得票数でもカマラ・ハリスを上回って完勝した。その背景にはアメリカの人口動態の大きな変化があるのではないかと思って、エリック・カウフマンの『WHITESHIFT[ホワイトシフト]白人がマイノリティになる日』(臼井美子訳/亜紀書房)を読んでみた。
最初に述べておくと、「白人がマイノリティになる日」という副題は本書の半分しか説明していない。カウフマンはこの本で、「アメリカの人口構成に占めるヨーロッパ系白人の割合は早晩、過半数を下回るが、『白人』としてのアイデンティティはアメリカ社会の主流であり続ける」という刺激的な主張をしている。ホワイトシフトとは、有色人種や白人との混血人種が「白人化」することなのだ。
エリック・カウフマンは1970年に香港で生まれ、カナダと日本で育った。父親はユダヤ系、母親は中国人とヒスパニック(コスタリカ人)の混血で、現在はイギリス、バッキンガム大学の政治学教授の職にある。この経歴からわかるように、カウフマン自身が「白人」としてのアイデンティティをもつ「ホワイトシフトした混血人種」だ。
ここで、「混血」という用語について先に説明しておきたい。これは“mixed blood”の訳語だが、生殖にあたって“血”が混じり合うわけではないので生物学的に間違っている。そこで英語では、異なる人種のあいだに生まれた子どもを“mixed”という中立の用語で呼ぶようになったが、残念なことに日本語ではこれに対応する言葉がない。そこで本稿でも、(『WHITESHIFT』の訳語にならって)“mixed”を「混血」、“mixed race”を「混血人種」とする。ちなみに、社会学・政治学の“race”は生物学的な概念ではなく、カウフマンも「社会的構築物」として使っている。
差別されているはずの有色人種がトランプに投票した
米大統領選の出口調査によると、トランプをもっとも強く支持したのは非大卒白人の男女で、これはアン・ケースとアンガス・ディートンが『絶望死のアメリカ』(松本裕訳/みすず書房)で述べた分析と一致する。世界中で平均寿命が延びているにもかかわらず、アメリカの非大卒の白人だけが平均寿命が短くなっている。膨大なデータを精査したケースとディートンは、その理由がドラッグ、アルコール、自殺による“絶望死”であることを突き止めた。
アメリカでは有色人種(主に黒人)に続いて、高卒や高校中退の白人労働者階級が高度化する知識社会に適応できなくなっている。そんな彼ら/彼女たちは、工場が閉鎖された中西部のラストベルト(錆びついた地域)に吹きだまり、仕事を失って失業保険や生活保護を受けながら、オピオイド(フェンタニル)のような依存性の高い鎮静剤や過度の飲酒によって精神的・身体的な痛みを癒やすようになり、未来に希望を失って自殺しているのだ。
そんな“取り残されたひとびと”に自尊心を取り戻すきっかけを与えたのがドナルド・トランプであり、アメリカを支配する悪の秘密結社ディープ・ステイトとトランプが闘っているというQアノンの陰謀論だった。
だがこれだけでは、トランプの完勝を説明することはできない。アメリカにおける白人人口は5割超で、そのうち6割が非大卒だとしても、それだけでは過半数には遠く及ばない。だとしたら、それ以外の誰がトランプに投票したのだろうか。
同じ出口調査によると、リベラル化したアメリカの若者は民主党の岩盤支持層だといわれていたが、18歳から29歳のZ世代で(2020年の大統領選に比べて)トランプへの支持が顕著に増えており、その上の30歳から44歳(Y世代)にいたってはハリスへの支持と並んだ。だがより印象的なのは、ヒスパニック、アジア系、黒人などの有色人種のトランプへの支持が大きく増えたことだ。
この結果にリベラルにリベラルが困惑したのは、民主党が一貫して、トランプのジェンダー差別、人種差別を攻撃していたからだ。中絶の権利の擁護は大卒白人女性の支持を若干増やすことには成功したが、「白人至上主義」「レイシスト」という批判は効果がないばかりか、差別されているはずの有色人種の票をトランプに奪われる結果になった。
だがカウフマンによれば、これは当然の結果だ。民主党のリベラル=左派は、白人が政治的・経済的・文化的に支配するアメリカ社会に暮らす有色人種は「多様性」を好むと決めつけ、インド系と黒人の混血であるハリスを「多様性の象徴」に押し立てたが、アメリカの有色人種や混血人種がそれを望ましいと思っている根拠はどこにもない。そればかりか、さまざまな調査によれば、アメリカの非白人の多くは「白人」のアイデンティティをもち、アメリカが「白人の国」であることを望んでいるのだ。