米大統領選挙でトランプが当選したが、「いくらなんでも有権者は、もうちょっとマシな人物を権力の座に就けようとするのではないか」と不思議に思ったひともいるだろう。しかし国際政治学者のブライアン・クラースは『なぜ悪人が上に立つのか 人間社会の不都合な権力構造』(柴田裕之訳/東洋経済新報社)で、歴史上、腐敗した独裁者が権力を握ることはさして珍しくないという。なぜならわたしたちは、「悪人」を忌避する一方で、権力をもつ悪人に引き寄せられるからだ。本書でクラースは、以下の四つの問いに答えようとする。

米国民は知識社会を支配するエリートのサイコパスを打ち倒すために「下級国民の王」としてダークトライアドのトランプを選んだPhoto/kai / PIXTA(ピクスタ)

1. より悪質な人が権力を掌握するのか?
2. 権力が人をより悪質にするのか?
3. 私たちはなぜ自らを、明らかに支配権を握らせるべきではない人に支配させるのか?
4. 私たちはどうすれば確実に、腐敗しない人を権力の座に就かせて、公正にその権力を振るわせることができるのか?

 最初に種明かしをすると、1と2はどちらもYESだ。3の答えは「支配権を握らせるべきでない」人物が魅力的だからで、4については本書を読んでほしい。原題は“Corruptible; Who Gets Power and How It Changes Us(腐敗しやすい 誰が権力を握り、それはわたしたちをどう変えるか)”。

ドナルド・トランプはダークトライアドの典型で、だからこそひとびとを魅了する

 誤解のないように最初に断っておくと、ここでトランプを「腐敗した独裁者」だと断じるつもりはない。「悪人」とは道徳的・宗教的な悪を表わす“evil”ではなく、「権力者として好ましくない」「高潔な権力者の資質がない」という意味の“bad”のことだ。

 悪人は、心理学では「ダークトライアド」として説明されることが多く、その中核にある性格特性がサイコパシーだ。クラースも「なぜサイコパスが権力を握るのか」という章で、権力者にサイコパスが多い理由を考察している。

 だがこの疑問を検討する前に、ダークトライアドの他の性格特性である「ナルシシズム」と「マキャベリアニズム」を見ておきたい。その後、わたしたちは多かれ少なかれみなナルシシストでマキャベリアンであり、他者への共感力が低いサイコパスの場合、こうした特徴が前面に出てくることを論じたい。ドナルド・トランプはまさにダークトライアドの典型で、だからこそひとびとを魅了するのだ。

 心理学者・小塩真司氏の『「性格が悪い」とはどういうことか ダークサイドの心理学』(ちくま新書)によれば、それまで独立して研究されていた「ナルシシズム」「マキャベリアニズム」「サイコパシー」という好ましくない三つの性格特性を、まとめて「ダークトライアド」と呼ぶことが2002年に提唱された(「トライアド」の本来の意味は3和音で、三つの構成要素の組み合わせのこと)。

 ナルシシズム(自己愛)は古代ギリシアのナルキッソス神話に由来する。美しい容姿で多くの若者を魅了したナルキッソスは誰にも恋心を抱かず、ふられて恥をかかされた若者から、「彼も恋をしますように。しかし、決して恋する相手をとらえることができませんように」という呪いをかけられた。

 ある日、暑さに疲れたナルキッソスが泉の水を飲もうとしたとき、水面に映る自分の姿に魅了されてしまう。しかし、どれほど望んでも相手(水面の影)に触れることはできず、愛の言葉に応えることもない。ナルキッソスは身動きしないまま、食事も眠ることも忘れて自分自身の姿に見惚れ、ついに肉体も滅び、一輪の水仙の花になってしまったという(水仙を英語で“narcissus(ナーシサス)”と呼ぶのはこの神話からきている)。

 ステファニー・グリシャムは2019年からコロナ禍の20年まで、トランプ前政権の報道官兼広報部長のポストを務め、ファーストレディであるメラニア・トランプの広報責任者と首席補佐官でもあった。『ネクスト・クエスチョン? トランプのホワイトハウスで起きたこと』(熊木慎太郎訳/光文社)では、広報官に抜擢されたときのトランプとの会話が次のように描かれている。

 私はそれ(「わかっているだろうが、〈報道官に就任することで〉君はスターになる」というトランプの言葉)に対し、自分のただ一つの目標は大統領夫妻に奉仕することだと返答したうえで、「ホワイトハウスにスターは二人しかいません――あなたとトランプ夫人です」と付け加えた。

 自分の妻が上司と呼ばれるのを、大統領は喜ぶことがあった――ある意味で面白いと思っていたのだろう。オーバルオフィス(ホワイトハウスの大統領執務室)に通じるステップを上ったところで、大統領は早口でこう言った。「だが、これからは俺が第一だ。いつも俺を優先させるんだ」

(「君は全員に愛されている」というトランプの言葉に対し)本当かどうか確信したわけではないけれど、そう言ってくれるのはありがたかった。そこで大統領に感謝を伝え、その人たちを失望させませんと返した。その後、これぞドナルド・トランプという言葉を彼は発した。「連中のことはどうでもいい。俺だけだ」

 こうした体験のなかでグリシャムは、トランプのいうアメリカファーストとは「トランプファースト」のことだと思い知らされた。これ以外にも、トランプの極端な自己愛性パーソナリティの逸話は事欠かない。