多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

【聞き上手】誰とでも「深い対話」ができる人が考えている“たった一つのこと”写真はイメージです Photo: Adobe Stock

人の「感情」はどうやって生まれるのか?

「相手の話に深く耳を傾ける」=「傾聴」において、相手が無意識的にもっている「信念価値観」にどう向き合うかは、非常に重要なポイントです。

 信念価値観とは、「これが正しい。これが大切だ」と感じたり、信じたりする「考え方」や「基準」のことです。

 例えば、「人に迷惑をかけてはいけない」「正直でなければならない」「勤勉に働かなくてはならない」「怠けては(休んでは)いけない」などなど。僕たちは、幼少期~成人にかけて両親や学校の先生、そして会社の上司などから、さまざまな信念価値観をすり込まれます。だから、信念価値観を持っていない人はいません。そして、自分が大事にしている信念価値観に「共感」されることは、人間にとってこの上なく嬉しいことであり、心を開き打ち解けた対話をする重要な契機になるのです。

 では、相手の話に耳を傾けながら、その人の「信念価値観」を探すには、どうすればいいのでしょうか?

 ここで参考になるのが、アルバート・エリスの「論理情動行動療法」です。「論理情動行動療法」をもとに考えると、「感情」は「できごと」と直結しているわけではなく、「認知(信念価値観)」が決めていることがわかります。つまり、同じ「できごと・エピソード」を体験しても、「信念価値観」が異なれば、結果として発生する「感情」は異なるということです。

同じ経験でも、「信念価値観」によって異なる「感情」が生まれる

 これを、次のような方程式として表現することができます。

「できごと・エピソード」×「信念価値観」=「感情」

 具体的に、「信念価値観」が異なる2人(Aさん、Bさん)を例に、同じ「できごと・エピソード」に対して発生する「感情」がどのように異なるかを見てみましょう。

●Aさん:【できごと・エピソード】元部下から手書きの年賀状を受け取った→【信念価値観】義理人情が大切である→【感情】じんわりと嬉しい

●Bさん:【できごと・エピソード】元部下から手書きの年賀状を受け取った→【信念価値観】効率や能率こそが大切である→【感情】時間の無駄を感じてイラッとした

「感情」から逆算して「信念価値観」を探り当てる

 さて、ここからが本題です。

「傾聴」のプロセスでは、「元部下から手書きの年賀状を受け取って、じんわりと嬉しさを感じました」といった具合に、まず「できごと・エピソード」が語られ、ついで「感情」が語られます。つまり、先の方程式のなかで「信念価値観」だけが“空白”になっているわけです。ということは、「信念価値観」を探すためには、方程式を使って“逆算”すればいいということになります。すなわち、

「信念価値観」=「感情」÷「できごと・エピソード」

 となるわけです。

 もちろん、この方程式にある「÷」という記号には厳密な数学的意味はなく、「できごと・エピソードから感情が生まれた理由・原因を推測すれば、信念価値観が見えてくる」というくらいに理解いただきたいと思います。

 つまり、こういうことです。

 先ほどのAさんの場合であれば、「元部下から手書きの年賀状を受け取った」という【できごと・エピソード】から、「じんわりと嬉しい」という【感情】が生まれているわけですから、「義理人情が大切である」とか「手間をかけることでこそ敬意は伝わる」とか「すべての部下を大切に扱うべき」といった【信念価値観】をもっていると“逆算”することができるでしょう。その「仮説としての信念価値観」を一つずつ、「もしかして、あなたは○○という信念価値観をおもちではないですか?」などと、話し手に確認していけばいいのです。

 このように、「できごと・エピソード」を脳内で映像化できるくらいの解像度で聴き出すことによって、話し手がうちに秘めている「感情」を一つずつ明確にし、この二つから“逆算”することで、「信念価値観」も見えてくるというわけです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。