【地図で学ぶ世界史】「道路を制する者が、世界を制す」アケメネス朝ペルシアに学ぶ“すごい戦略”
「地図を読み解き、歴史を深読みしよう」
人類の歴史は、交易、外交、戦争などの交流を重ねるうちに紡がれてきました。しかし、その移動や交流を、文字だけでイメージするのは困難です。地図を活用すれば、文字や年表だけでは捉えにくい歴史の背景や構造が鮮明に浮かび上がります。
本連載は、政治、経済、貿易、宗教、戦争など、多岐にわたる人類の営みを、地図や図解を用いて解説するものです。地図で世界史を学び直すことで、経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの世界史講師の伊藤敏氏。黒板にフリーハンドで描かれる正確無比な地図に魅了される受験生も多い。近刊『地図で学ぶ 世界史「再入門」』の著者でもある。

【地図で学ぶ世界史】「道路を制する者が、世界を制す」アケメネス朝ペルシアに学ぶ“すごい戦略”Photo: Adobe Stock

すべての帝国は道を通す――交通網の歴史

 世界帝国は様々な民族(あるいは領域国家)を従えているため、人口や言語も多く、その支配は容易ではありません。ましてや、人的資源や技術に限りのある古代ならなおさらです。

 そこで、世界各地の帝国では、必ずと言っていいほどある事業に着手します。それは「交通網の整備」、すなわち全国規模での道路網の建設です。

 史上最初の世界帝国と見なされるのが、前7世紀にオリエントを制覇したアッシリア帝国です。アッシリアは「前1200年の破局」をかろうじて切り抜け、ヒッタイトの鉄器技術を導入するなど強国として急速に発展し、ついにはエジプトまでも征服して帝国と化したのです。

 元来のアッシリア人は商業民族であり、このこともあって、アッシリアは帝国全土に道路網を構築します。この道路網には馬を養う厩舎が備わり、替えの馬を乗り継いで地方の情勢をいち早く帝都に伝達できるのです。この馬を乗り継ぐシステムを、「駅伝制」といいます。

 アッシリアはこうした優秀な交通網を擁し、首都ニネヴェから属州(官僚が派遣され中央政府の直轄支配下に置かれた地域)や従属国(アッシリアへの貢納や軍役を条件に国家の存続を許されたもの)に至る、広域支配を可能としたのです。

 しかし、アッシリアのオリエント統一は50年ほどしか維持できませんでした。続いて前6世紀にオリエントを統一したのが、ペルシア人(イラン人)が建国したアケメネス朝(ハカーマニシュ朝)ペルシアで、200年以上にわたって広域支配を維持します。

 アケメネス朝でも、アッシリアの駅伝制をモデルとした道路網が整備され、その中核をなしたのが全長2700キロメートルにおよぶ「王の道」と呼ばれた幹線道路です。下図(図13)を見てください。

【地図で学ぶ世界史】「道路を制する者が、世界を制す」アケメネス朝ペルシアに学ぶ“すごい戦略”出典:『地図で学ぶ 世界史再入門』

 さて、世界帝国の成立は2つの産物をもたらします。まず、多様な民族が安定した国家の支配に入ることで、近隣を中心に文化が混ざり合います。これが、「融合」です。

 また、道路網の整備により、さらに遠隔地との交流も促され、文化が次第に洗練されます。いわば、「様々な文化のいいとこどり」となるわけです。こうした性質を「普遍」といいます。普遍とは「変
わらない」こと。場所が異なったり、時間が経過したりしても、その性質を維持することです(いつでもどこでも、という具合ですね)。

 世界帝国は「融合」と「普遍」をもたらし、その文化は帝国自体が滅びてもなお、長きにわたって存続する例が少なくありません。そうした「融合」と「普遍」を支えたのも、帝国が整備した道路網だったのです。

(本原稿は『地図で学ぶ 世界史「再入門」』の一部抜粋・編集を行ったものです)