アップル、マイクロソフトと世界の時価総額ランキング1位を争い、誰もが知る企業となったエヌビディア。「半導体」と「AI」という2つの重要産業を制し、誇張ではなく、米国の株式市場、そして世界経済の命運を握る存在となった。
しかし、その製品とビジネスの複雑さから、エヌビディアが「なぜ、これほどまでに強いのか?」については、日本でも世界でも真に理解されているとは言えない状況だ。『The Nvidia way エヌビディアの流儀』は、その疑問に正面から答える、エヌビディアについての初の本格ノンフィクションである。
同書では、エヌビディアと半導体製造の大手TSMCとの関係性が詳しく解説されている。今回は、その蜜月をもたらす一因となった、ジェンスン・フアンのビジネス哲学が垣間見られるシーンを紹介する。

「おおまかな平等」とは?
会社が大きくなるにつれて、エヌビディアはサプライチェーン・パートナーに対する潜在的な影響力を持つようになった。やろうと思えば、自社の利益向上のため、他社に圧力をかけることもできただろう。しかし、もっとも重要なサプライヤと良好な関係を保つ、というのが事業関係に対するジェンスンの見方だった。
リック・ツァイ(蔡力行)は、エヌビディアが初めてTSMCと協力関係を結んだとき、同社の業務担当執行副社長を務めていた。のちにTSMCのCEOとなるツァイは、当時の製造業務を全面的に統括し、エヌビディアの主要な窓口を務めていた。「ジェンスンのためにウェーハを製造していたといっても過言じゃない」とツァイは語った。「彼の才能とカリスマ性は、出会ったそのときから一目瞭然だったよ」
TSMCがエヌビディアと協業を開始したころは、業界全体がもっと小ぶりだった。ツァイは、初めての8インチ・ウェーハの製造工場を3億9500万ドルで建設したことを覚えている。今ならチップ製造装置を1台購入するのがやっとな金額だ。
グラフィックス業界で成功を収めたエヌビディアは、わずか数年足らずで、TSMCにとって2本か3本の指に入る大口顧客となった。ツァイは、ジェンスンが価格交渉の鬼で、エヌビディアの粗利益率がわずか38パーセントであるのをしつこく訴えていたのを覚えている。あるとき、論争が生じると、ツァイはカリフォルニアに飛び、デニーズとさして変わらないレストランでジェンスンと会った。
「目的は論争を解決することだった。詳しい内容は忘れたが」とツァイは言う。「だが、あれには本当にハッとさせられた。ジェンスンは“おおまかな平等”というビジネス哲学を教えてくれた」。ジェンスンの説明によると、ここでの「おおまか」というのは、両社の関係性が完全にフラットではなく、そのときどきで上下する、という意味だ。重要なのは「平等」という部分だった。「一定期間、たとえば数年間でならせば、全体的に見て平等になる、という意味なんだ」
ツァイにとって、これこそが真のウィン・ウィンの関係性を表現する言葉だった。しかし、毎回ウィン・ウィンというわけではない。ある取引や出来事では一方が得をし、次回はもう一方が得をする。数年単位で見て60対40や40対60ではなく、おおむね50対50になるなら、それは良好な関係といえる。ツァイはジェンスンのこの考え方が腑に落ちたのを覚えている。
「人間として、それからビジネスマンとしても、ジェンスンについて印象に残っているのはそういう点だね」とツァイは言った。「もちろん、ウェーハの納品が間に合わなかったときには、遠慮なく電話で文句を言われた。彼には遠慮というものがないんだ。だが、彼と一緒に数々の逆境と向き合い、解決してきた。両社にとって、この30年間でこれ以上のパートナーシップはないと思う」