
最近、中国人が日本の米を転売していることがニュースになったが、なぜ中国人は転売をするのか。2010年に中国で暮らし始めた筆者が、幼い息子・ソウの教育を通して感じた中国人と日本人の商売の考え方の違いを紹介する。※本稿は、浦上早苗『崖っぷち母子、仕事と子育てに詰んで中国へ飛ぶ』(大和書房)の一部を抜粋・編集したものです。
息子に聞かれて母困惑
物乞いとパフォーマーの違いとは?
境界がわかりにくいのは中国あるあるで、物乞いとストリートパフォーマーの区別も難しかった。
タクシーに乗っていると、信号待ちの間に空き缶を手に近づいてくる人たちがいた。彼らは間違いなく物乞いだが、大学からスーパーに行く道の途中にいつもいる、楽器を演奏してお金をもらう老人はパフォーマーなのか物乞いなのか、わからずじまいだった。着ているものはよれよれだが、演奏はすばらしかった。
中国最北の黒竜江省に旅行したとき、マイナス30度の極寒の野外で、上半身裸で物乞いする男性に遭遇した。肌が真っ赤に染まり、刺すような空気に耐えながら座っているその姿を見て、「これは単なる物乞いでなく、芸を見せている」ように感じた。
今の日本では物乞いを見かけることが少ないので、ソウの目にはどの人も大道芸人や演奏家に映るようだった。
ある日、ソウがお気に入りのヨーヨーと空き缶を用意して靴を履き始めた。
「これでお金をもらってくる」
私は慌てて止めた。でも「なんでだめなの?」と聞かれて、うまく答えることができなかった。
ソウが「芸」を見せて投げ銭を得ようとしているなら、彼のヨーヨーはお金をもらえる水準には達していないし、物乞いならシンプルにやめてほしい。
それを幼いソウに説明しようとすると、うまく言葉が出てこない。
ネットカフェ難民とホームレス、
援助交際とパパ活、何が違う?
その少し前から、ソウは路上で物乞いを見かけると「お金をあげたい」と言うようになった。けれど、留学先の教師たちは、「障がい者を見せ物にして金を稼ぐ悪い人もいる」「あの人たちにお金をあげても、あの人たちが受け取るわけではない」と留学生に説明した。そうかもしれないとも思うし、あの人たちは本当に働く手段がなくて困っているのかもしれない。
物乞いとパフォーマーの違い、そして物乞いにお金をあげることの是非。それは私の中でも明確に言語化できないことだった。ギターボックスを前に置いて、ギターを弾いている人はストリートパフォーマーだけど、大学の近くの雑踏で夕方、胡弓を弾いている老人は果たしてどちらなのか。
実は日本でも、あいまいなものはあちこちに存在する。ネットカフェ難民とホームレスは何が違うのか。売春と援助交際、パパ活はどう考えても地続きだが言葉が違う。