とにかく私は決意した。
飲酒量を減らしたり、土日だけにしたりなどの減酒も考えたが、そんなことをちまちまやっても、すぐに元通りになるだけだ。いっそのこと、酒を断ち切るしかない。
今日からもう酒を呑まない。この先、一滴も呑まない。
前の夜、ひどく酔っ払って寝る前からなんとなくは考えていた。明日から酒、やめてみたらどうかな、と。ただし、いつものように一夜過ぎたら、そんなことはすっかり忘却するものだと思っていた。
ところがしっかり憶えていた。
軽い宿酔の頭を抱えて洗面所に立ち、無精髭の生えた自分の顔をじっと見つめた。
朝食のとき、妻に向かって断酒を宣言したものの、当然のように一笑に付された。それが火に油を注ぐことになって、子供っぽく意地を張った。
「――本当に酒をやめる。一生ずっと呑まずにいる!」
「だったら、やってみれば?」
皮肉を込めた彼女の言葉の中に、自分の弱さを見切られたような気がして、私は腹立たしいというよりも情けなかった。
家にあった酒は
すべて捨てた
今にして思えばあまりに衝動的な、いわば捨て鉢な決意だった。絶対に呑まないといいながらも、正直いって、果たして自分に断酒ができるかどうか自信がなかった。
もともと3日も休肝日を作れば、酒への強烈な欲求にさいなまれていた。つまり典型的な依存症だったにもかかわらず、自分はアル中じゃないし、大丈夫だといいはっていた。
これまでも「酒をやめる」と思ったことはある。
たいていは宿酔がもたらすいろいろな苦痛や不快感のため、頭を抱えながら「もう二度と呑まない」と独りごちたものだ。もっともそんな刹那(せつな)的な決意は夕方になればすっかり消えて、いつものようにバーボンや焼酎のロックや水割りを呑んでいた。
しかし今回は違った。
重い腰を上げて動いてみようと思った。
何かの記事で読んだ記憶があるが、断酒には精神力とともに体力が必要なのだという。歳を取れば、どんどんそれが難しくなる。すでに私は還暦を過ぎていたし、実行するなら今しかなかった。
最初にやったのは、手近にあった酒の瓶、ボトルの中身を流し台に捨てることだった。
つんと鼻をつくアルコールの匂いが手招きしているような気がしたが、私はあえてそれを無視した。眉間に深く皺を刻みながら、酒という酒をすべて捨てた。