
アルコール依存症という病は、患者を支える“家族”にも大きな負担がかかる。東野勇(55歳)は、30代半ば頃から酒量のコントロールがきかなくなり、45歳のときに初めてアルコール病棟に入院をした。入退院を繰り返してもなお禁酒ができず、彼もまた、家族全員を裏切り続ける患者であった。※本稿は、根岸康雄『だから、お酒をやめました。「死に至る病」5つの家族の物語』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです。
約束を破り「隠し酒」
妻の不信は募るばかり
もう大丈夫だ。退院すると勇は妻の洋子に言った。「完全禁酒は難しいな。週に3日程度、350ミリリットルの缶チューハイを1本だけ、そのくらいは許してくれよ」
洋子は言う。「私は主人がアルコール依存症と診断されるまで、そんな病気があることを知りませんでした。お医者さんには一生断酒しないとダメと言われましたが、休職して3カ月も入院したのだから、病気は治った、前のような飲み方はしないと思うじゃないですか。お酒しか楽しみがない人だし、仕事のストレス発散になるのなら、家で少しはいいかなと。結婚当時のように、夫婦でビールやワインを楽しめるかもしれないと……」
週に3日、350ミリリットルの缶チューハイ1本、そんな約束が守れたのは2週間ほどだった。すぐに隠し酒がはじまる。
会社の帰りにコンビニでお酒を買ってグッとあおって、何食わぬ顔で帰宅する。家でも飲みたい。お酒を隠し持って帰宅する。楽しむための酒ではない、酔うためにお酒は強いほうがいい。妻との約束がある手前、大っぴらに飲むわけにはいかない。
「飲んでいるんじゃないの!?」妻は語気を強めて問い詰める。その都度、夫は首を横に振るが妻の不信は募るばかりだ。
洋子は言う。「私の前ではこれ見よがしに、缶チューハイをチビリチビリと飲んでいましたが、トローンとした目つきや、全身が丸まったような感じとか。以前のひどいときの状態と同じ感じでしたから。この人、隠れて飲んでいると、疑いの目で見るようになって」
出勤途中に強い酒を買い
行き帰りにすぐ飲む
そうなると妻はいても立ってもいられない。夢中で家の中を探し回ると、出るわ出るわ、ベッドの下、クローゼットの奥、靴箱の隅、トイレの引き戸の奥。
「えっ、こんなところに……」というところから、酒瓶や缶チューハイやお酒の入ったペットボトルが続々出てくる。
「これいったいどういうことなのよ!?」洋子は見つけた酒をリビングのテーブルにズラッと並べて、勇に詰問する。「1週間に3日、缶チューハイ1本だけという約束じゃないの!?」