
長年の酒浸り生活からアルコール依存に陥っていたという作家の樋口明雄氏が、61歳でついに本気で断酒に取り組んだ。しかし、異常な寝汗や不眠といった禁断症状や、周囲からの誘惑には悩まされたという。それでも断酒生活を続けられた、とっておきのマインドとは?本稿は、樋口明雄『のんではいけない 酒浸り作家はどうして断酒できたのか?』(山と溪谷社)の一部を抜粋・編集したものです。
アルコールは
舌の感覚を鈍らせていた!?
これまで朝昼の2食を除き、夕食は常に酒とともにあった。
酒は料理の味を引き立てる最高の調味料といわれてきたし、自分もそう思っていた。
肉料理には赤ワイン、魚にはやっぱり白ワインか日本酒だなどと決めつけたり、そんなふうにして呑み食いしているうちに、気がつくと料理なんかよりも飲酒のほうがメインとなって、食事が終了してもひたすら呑み続けていた。
ところが断酒をしてわかったのは、酒のせいで料理の本当の価値がわかっていなかったという衝撃の事実。
アルコールは舌の感覚を鈍らせるのだという。
断酒後に、うちの畑で穫れた無農薬の野菜を食べたりすると、これが実に美味いのである。
しかも塩胡椒や醤油、ソースといった調味料なんて使わなくても、素材の味がちゃんと舌に伝わってくる。むしろ薄味のほうが美味しく感じられるのだ。
呑んでいた頃は、夕食時にご飯を食べず、おかずだけを食べてひたすら酒を呑んでいた。いわゆる糖質制限ダイエットのつもりだったのだが、そんなことをいくら続けても、ちっとも痩せなかった。ご飯を食べないぶん、酒でカロリーを取っていたのだから仕方ない。
今は夕食時も堂々とご飯を食べるようになった。
酒の糖質を摂取しなくなったぶん、ご飯もおかずもいっぱい食べられるという嬉しさ。
だからといって太るわけでもなし、むしろ体脂肪が少し減ってお腹の贅肉がやや取れ、ズボンのベルトが孔ひとつぶんゆるくなった。
レストランやラーメン屋など、外で飲食するときなど、店で出す料理はやや濃いめに味が付けられているなと実感する。不特定多数の人の舌を満足させるためには、やはり調味料を過剰に使う必要があるのだろう。
美味しいといえば、断酒後に甘味の快楽を知ってしまったわけだが、これもアルコールと同様に脳内にドーパミンが分泌されるためだ。人はとりわけ脂肪分と糖分を美味いと感受するものだと何かで読んだことがあるが、酒も断ち、糖分もやめるというのは、やはりちと口寂しい気がしないでもない。