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アルコール依存症は「死に至る病」である。しかし、患者本人にその自覚は薄い。深刻な病気だとは思えず、ストレスのはけ口として飲酒を繰り返す。その先に待つのは、幻覚・肝硬変・動脈瘤破裂、そして「死」だ。平均寿命〈52歳〉と言われる病の真相を依存症経験者が語る。※本稿は、根岸康雄『だから、お酒をやめました。「死に至る病」5つの家族の物語』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです。
アルコール依存症になるのは
マジメな“いい人”が多い
目の前に広がる野比海岸、遠目に東京湾を隔て、晴れた日には房総半島の山々が一望できる久里浜医療センターのアルコール病棟に、浩二が3カ月入院したのは47歳の11月だった。
まず解毒治療からはじまる。手の震え、異常な発汗等の離脱症状をベンゾジアゼピン系の薬剤の投与で抑える。肝臓疾患などの身体障害も治療する。離脱症状は1週間ほどで治まった。
体調が戻ると、プログラムに沿ったリハビリがはじまる。アルコール依存症の改善は生涯にわたっての断酒しか方法がない等の教育。
医師らの指導のもと数人の患者が集い、「自身の飲酒問題について」「なぜ飲み続けたのか」等、テーマに沿って自らの飲酒体験の語り合い。近隣で行われている自助グループの例会への出席。
久里浜医療センターの病床数はおよそ270床。主にアルコール依存症の患者で込み合っている。
アルコール依存症に陥る患者はマジメでおとなしく、争いごとを嫌う、いわゆる“いい人”が多いと言われている。お酒さえ飲まなければごくふつうの人たちだ。
入院した浩二にはすぐに友だちができた。中でも同室の二宮とは、心安い間柄になった。中堅の出版社で本の編集に携わる二宮は浩二より5歳ほど年上で、小柄で小太りで笑顔に愛嬌がある。
二宮は就寝や消灯、食事や散歩の時間、シーツの交換のやり方等、病院での暮らしについて丁寧に説明してくれた。
「もう一生飲みません」
それでも飲酒を繰り返す
「気づいていると思うけど、入院している人間にはいろんな考えの人がいる」。二宮とそんな話をしたのは、浩二が入院して2週間ほど経った頃だった。
「言えることはさ、入院している人で自分が深刻な病気だと思っている人は少ないね」。二宮の話に浩二はうなずく。浩二もお酒を飲まないでいると、自分が病気だとは思えない。
隣の病室の30代後半の奥野は、「前の海岸を走ってきちゃったよ」と、トレーニングウェア姿で廊下を歩き、日焼けした笑顔を浩二に向ける。その奥野は4回目の入院だという。