これらのツールの多くは、無料もしくは低コストで利用可能となっている。結果として、ディープフェイク作成のハードルは大きく下がり、誰もが容易に政治家の偽の発言を作り出せる環境が整ってしまったのである。
選挙イヤーとなった2024年は、ディープフェイクによる具体的な影響が各国で報告されている。代表的なものをいくつか紹介する。
2024年1月、米ニューハンプシャー州の民主党予備選において、ジョー・バイデン大統領になりすました声で投票の棄権を呼び掛ける電話が有権者の元に多数かかってきた。FBIの調査によると、この音声はAIを使って合成された自動音声通話、いわゆる「ロボコール」であり、選挙妨害を目的としていたことが判明した。
牢獄からでも演説できる
AIが揺るがす選挙戦略
それ以前にも、バイデン大統領が2024年大統領選への出馬を正式に表明した直後の2023年4月、米共和党全国委員会が「What if the weakest president we’ve ever had were re-elected(史上最弱の大統領が再選したら)」というタイトルの動画を公開し、物議を醸した。
AIが生成したこの動画の内容は、バイデン大統領再選後のアメリカの未来を暗示するもので、バイデン大統領の勝利を報じるニュース映像に続いて、台湾での爆撃や、サンフランシスコの街路を埋めつくす武装警察、国境に押し寄せる移民、廃墟と化したウォール街といった終末的な世界が映し出されている(現在もYouTubeで視聴可能。ただし、「改変または合成されたコンテンツ」という注釈がついている)。
このように、ディープフェイクは単に選挙妨害の手段としてだけでなく、選挙戦略の一部としても利用されるようになっている。
2024年2月に行われたパキスタン総選挙では、2023年8月から汚職の罪で収監中のイムラン・カーン元首相の声をAIで再現した「勝利演説」が拡散され、支持者を熱狂させた。カーン氏の政党であるパキスタン正義運動(PTI)は、獄中からのメモを基にAIで音声を合成し、過去の写真や映像と組み合わせて演説ビデオを作成。これをソーシャルメディアで公開し、140万回以上の視聴数を記録した。