企業組織においては、「相談的枠組」は成立しにくい

「相談的枠組」について私が学んだ師匠は、かつてこう教えてくれました。

「医者と患者の間には相談的枠組は必ず成立しています。
 咳が出る。熱がある。症状に困った患者は医者へ尋ねます。
『教えてください。私は風邪ですか? インフルエンザですか? それともコロナでしょうか?』
 だから医者が患者に検査をして、『あなたは風邪ですよ。咳が収まるまでは安静にして会社へ行ってはいけません』と教育すると、患者はそれを受け容れる。
 つまり教育は成立するのです。

「しかし、会社組織は違います。
 部下が上司に対して『教えてください』と言うのは、せいぜい右も左もわからない新入社員のときぐらいでしょう。
 一方、数年経ちそれなりに自分で仕事がこなせるようになった中堅社員は、上司に対して『教えてください』とは思っていないでしょう」

「そんなときに上司が、『自分の方がよく知っている。自分が正しい』と思い込んでアドバイスをしても、おそらく部下は聞く耳をもっていない。
『はいはい、わかりました』と表面的に合わせて右から左へ聞き流す。まともに聞いちゃいないでしょう」

 つまり、企業組織において、教育が成り立つ前提である「相談的枠組」が成立しているのは、「部下が新入社員のときくらいだろう」というのです。

 私はそれを聞いて、積年の謎が解けた思いがしました。あのときの中堅社員との間には、「相談的枠組」が成立していなかったのだ、と。

部下との間に、「信頼関係」を築くほかない

 しかし、同時に疑問がわいてきました。
「では、どうすればいいのか?」と。

 先にお伝えしたとおり、企業組織では「上司は部下を教育すべし」という目標が設定され、なかば部下育成が義務化されています。しかし、相手は「教えてもらいたい」とは思っていない。

 これでは、部下はよくても、上司は“立つ瀬”がありません。
 どうすれば部下を教育することによって、部下に変わってもらうことができるのでしょうか?

 ここで間違っていけないのは、上司が自分のポジションパワーを使って、部下を強制的に動かすことです。

 たとえば、「言われたとおりにやらないと、クビにするぞ」「言われたとおりにやらないと、評価を下げるぞ」といったことを暗に匂わせることで、部下を変えようとしてはなりません。

「強制」は、教育ではありません。
「強制」はあくまでも“その場しのぎ”です。

 ポジションパワーにより部下を脅して言うことを聞かせたとしても、その場でしか部下は言うことを聞かないでしょう。

 上司がその場を離れた瞬間に、部下はまた元に戻ってしまいます。だからこそ、「枠組」が必要なのです。

 上司が「部下を教育したい」と願うならば、「相談的枠組」を成立させるしかありません。

 つまり、「教えてください」と言ってもらえる「信頼関係」をつくるより他に方法はないのです。そして、それができるリーダーが一流へと育っていくのです。

(この記事は、『優れたリーダーはアドバイスしない』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、公認心理師
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』や『すごい傾聴』(ともにダイヤモンド社)など著作49冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に公認心理師・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童生徒・保護者などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。