どうやって部下とチームを育てればいいのか? 多くのリーダー・管理職が悩んでいます。パワハラのそしりを受けないように、そして、部下の主体性を損ねるリスクを避けるために、一方的に「指示・教示」するスタイルを避ける傾向が強まっています。そして、言葉を選び、トーンに配慮し、そっと「アドバイス」するスタイルを採用する人が増えていますが、それも思ったような効果を得られず悩んでいるのです。そんな管理職の悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏は、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」と、その原因を指摘。そのうえで、心理学・カウンセリングの知見を踏まえながら、部下の自発的な成長を促すコミュニケーション・スキルを解説したのが、『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)という書籍です。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、「アドバイス」することなく、部下とチームを成長へと導くマネジメント手法を紹介してまいります。

【部下育成】三流リーダーは「命令・強制」し、二流は「よいアドバイス」をしたがる。では、一流はどうする?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「相談」が成立する条件とは?

 アドバイスの99%は逆効果である――。
 私は、そう考えています。それは、なぜか? 社会学的観点から考えてみたいと思います。

「相談的枠組」という言葉をご存じでしょうか?

「枠組」とは、心理学で使われる用語で、「構造」と言い換えることもできます。

「枠組」とは、カウンセリング(相談とも呼ばれる)が成立するための条件であり、「外的枠組」と「内的枠組」に分けることができます。

 外的枠組とは、カウンセリングをするために必要な、日常空間から隔離された物理的な別空間である「カウンセリングルーム(相談室)」や、業務中の慌ただしい時間とは隔離された余裕のある「別枠の時間」などの、「外的な環境」のことを指します。

 一方、「内的枠組」は、目に見えない「設定」のことで、「ルール」と言い換えることもできます。

 たとえば、守秘義務。「語られた内容をよそで漏らさない」という約束がなければ、来談者は安心して内心を打ち明けられませんから、カウンセリングは成立しません。

 あるいは、来談者自らが「相談にのってほしい」と希望しているという、「相談的枠組」も内的枠組の一つと言えます。

 いくら本人が困っていたとしても、親や友人が無理やり本人をカウンセリングに連れてきても、「枠組」が成立していませんから、「相談=カウンセリング」は成り立ちません。カウンセリングの前提条件が壊れていると言えるからです。

「教育」が成立するためには、「枠組」が必要である

 これは、「教育」においても同じです。
 教育とは、本人が「教えてください」という姿勢でいない限り成り立ちません。

 いくら本人が困っているように見えたとしても、「別に教えてもらう必要は感じていません」という人を教師や親や上司が教育することは不可能です。

 ところが、企業組織とは不思議なもので、経営層は管理職に対して部下育成の義務を与えます。

 確かに経営の観点からすればそれは必要です。社員の成長なしに会社の成長はない。だからこそ、社員の成長をサポートするのは、上司や先輩社員の重要な使命。管理職の業務目標に「部下育成」を設定し、それを半ば義務化するのは、経営者の視点からはよく理解できます。

 しかし、そこに「教わる立場」の人の気持ちは考慮されていません。

「スキルやノウハウを教えてもらうのだから部下は喜んで当然。上司が部下を教育するのは当たり前で何も問題はない」という傲慢なスタンスが見え隠れしています。

 しかし、「枠組」が成立していない状態で、「教育」などできるわけがありません。

 どんなに上司が優秀でスキルが高くても
 どんなに上司の経験が長く、たくさんの成功体験を積んでいたとしても
 どんなに上司の役職ポジションが高く、強い権限をもっていたとしても

 それでも「教育」はできません。

 前提となる「相談的枠組」が成立していなければ、「教育」することなど不可能なのです。

なぜあの部下は、「言うこと」を聞いてくれないのか?

 そのことがよくわかる、私の失敗体験をお伝えしましょう。
 それは今から20年ほど前、僕が従業員30名ほどのコンサル会社の社長を務めていたときの話です。

 私の組織人事理論は、それまでの古い常識とは異なる、心理学をベースにした独自なものでした。そのため、採用するコンサルタントは過去の常識に縛られた経験者ではなく、未経験者が最適でした。“真っ白な人”を採用し、我が社の色に染めていく。そのために、コンサルタント未経験者だけを採用することにこだわっていたのです。

 もちろん、採用後は懇切丁寧に教育します。
 すると、意欲の高い社員たちは、乾いたスポンジが水を吸い込むように吸収していきました。

 この段階で多くの社員が、私に感謝の言葉を伝えてくれました。「給料をもらいながらこのような勉強をさせてもらい、本当にありがたいです」と。そして、私が教えたことを、コンサルティングの現場で忠実に実行してくれました。

 しかし、2年、3年が経ち、独り立ちしていくと様相が変わっていくのです。

 ある日、独り立ちをした中堅社員のコンサルティング現場へ、社長である私が訪れたときのことです。そこでは、私が教えたことと全く違うコンサルティングが展開されていました。

 私が、丁寧にその背景や理由を説明したうえで、「やってはいけない」と禁止していたことを、彼は堂々と実行していたのです。

 それを目の当たりにした私は、一瞬、目を疑いました。

一度できた「枠組」も、時間の経過とともに崩れる

 彼は忘れてしまったのだろうか?
 私の「伝え方」が悪かったのだろうか?
 それとも彼は勘違いして覚えてしまったのだろうか?

 いずれにせよ、早急にやり方を修正してもらわなければなりません。
 私は彼に伝えました。すると彼は「すみませんでした。今後はやり方を修正します」と素直に約束してくれました。私は安心し、それ以上うるさく言わないよう見守ることにしました。

 ところが、その数ヶ月後です。
 私は、再び彼の現場を目にする機会がありました。すると、またもや彼は同じ方法でコンサルティングしているのです。

 私は目を疑いました。そして、その会議が終わるやいなや彼に確認をしたのです。すると、彼は前回と同じように素直に謝ってくれました。「すみません。修正します」。私は何が起きているのかわかりませんでした。

 しかし、今ならばわかります。
 教育の前提条件である「相談的枠組」が成立していなかったのです。

 入社したての新入社員のころの彼との間では「相談的枠組」は成立していたのですが、それから数年が経ち、独り立ちした現在の彼は、すでに「教えてください」とは思っていなかったのです。

 おそらく、彼は「自分はできている」「独り立ちしたのだから自分が正しいと思う方法でやりたい」と思っていたに違いありません。

 つまり、かつては存在した「相談的枠組」が、時間の経過とともに崩れ去っていたことに、私は全く気づいていなかったのです。