どうやって部下とチームを育てればいいのか? 多くのリーダー・管理職が悩んでいます。パワハラのそしりを受けないように、そして、部下の主体性を損ねるリスクを避けるために、一方的に「指示・教示」するスタイルを避ける傾向が強まっています。そして、言葉を選び、トーンに配慮し、そっと「アドバイス」するスタイルを採用する人が増えていますが、それも思ったような効果を得られず悩んでいるのです。そんな管理職の悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏は、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」と、その原因を指摘。そのうえで、心理学・カウンセリングの知見を踏まえながら、部下の自発的な成長を促すコミュニケーション・スキルを解説したのが、『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)という書籍です。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、「アドバイス」することなく、部下とチームを成長へと導くマネジメント手法を紹介してまいります。

【部下育成】三流リーダーは部下の「問題指摘」をし、二流は丁寧に「アドバイス」する。では、一流どうする?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

自分を守るために、人は「逃避」「抑圧」「歪曲」する

 アドバイスの99%は逆効果である――。

 私は、そう考えています。その理由について、ここでは心理学的観点で論じたいと思います。

 二つの視点が有効でしょう。一つは、ジークムント・フロイトの娘にあたるアンナ・フロイトらが研究により明らかにした「防衛機制」の観点。もう一つはフレデリック・パールズらによる、ゲシュタルト療法の中心的な考え方の一つである「変容の逆説的理論」です。

「防衛機制」とは、劣等感や陰性感情を感じることを防ぎ、心を安定させるために無意識に行う防衛的な心の働きのこと。自分の心が傷つかないように、無意識に心を使って自分を護ることです。

 アンナ・フロイトやジョージ・ヴァイラントらが類型化した、防衛機制の代表的なものとして以下が挙げられます。

逃避 ストレスの原因から物理的、心理的に遠ざかろうとすること。伸溜主任が手市課長との接触や会話を避けることです。

抑圧 思い出したくない記憶や感情を、無意識下に抑圧して感じないようにすること。伸溜主任がアドバイスを受けたという記憶を、無意識下に押し込めて忘れようとすることです。

歪曲 事実をねじ曲げて解釈し、ストレスを感じないようにすること。伸溜主任がよいプレゼンができなかったのは自分のせいではなく、時間がなかったせいだなどと解釈をねじ曲げることです。

 たとえば、なんらかのミスをした部下に対して、上司がストレートにそれを指摘して、アドバイス(指導)をしたときに、しばしば部下は「反発」を覚えたり、「無気力」に襲われたりしがちですが、これは、「防衛機制が発動している」とも言えるわけです。

 反発はある種の「歪曲」です。「私は悪くない。悪いのはあの人です」、もしくは「仕方ないんです。あんな状況ではできるわけありません」などと上司の指摘・アドバイスを受け容れないようにすることで自分の心を護っているのです。一方、無気力はある種の「逃避」や「抑圧」です。部下が現状(ミス)に向き合わず、目を背け、それを忘れようと感覚を麻痺させて、自分を護ろうとしているのです。

「否定」されると、人は「自己防衛」に走る

 続けて、「アドバイスの99%が逆効果」である二つ目の心理学的要因として、「変容の逆説的理論」をご紹介いたしましょう。

「変容の逆説的理論」とは、フレデリック・パールズらによるゲシュタルト療法の中核的概念の一つであり、アーノルド・バイザーが提唱した理論です。

 それを一言で語るならば、

「変わりたければ変わろうとするな」
「心の底から現状を肯定して受け容れたときに初めて変容が起き始める」

 たとえば、部下がミスを犯した場合、多くの上司は、そのミスを「本来あってはならないことだ」と否定し、「自ら反省すること」と「自ら変わること」を求めるでしょう。

 すると、過剰に劣等感を刺激された部下は自己防衛に走り、指摘されたことを「自分の課題」として認めずに目を背けようとしがちです。しかし、それでは変わることはできません。心理学的な「防衛機制」によって「変わることができない」のです。

「現状を肯定」するとは、「褒める」ことではない

 では、変わるためにはどうすればいいのか?
 先ほどの逆をするのです。「変容の逆説的理論」に基づくならば、上司と部下の二人は、「望ましくないミスが実際にあった」という現状を心の底から認め、受け容れることから始めなくてはなりません。

 そのために不可欠なのが「安全安心」です。部下が防衛機制を発動させずに、現状を認め、受け容れるためには、優越ポジションにいる上司が、劣等ポジションにいる部下の劣等感を刺激しないように、「安全安心」な環境をつくり出すことが必要。部下が現状を認め、受け容れるためには、「安全安心」が感じられる環境をつくることがとても重要なのです。

 このようにお伝えすると、「部下がミスをした場面で、現状を肯定するなんて無理だよ」という声が聞こえてきそうです。

 しかし、「肯定」とは、積極的に「素晴らしい」と褒め称えることだけではありません。
 中立的なスタンスで、

「そういうこともあるよね」
「そうなっちゃったのは仕方ないよね」
「もっと努力できたかもしれないけれど、あなたなりにその時点でのベストを尽くしたんだよね」

 と望ましくないことがらを受容することも含むのです。