ボーイングは当初、アメリカ本土におけるA320neoの脅威を見くびっていた。しかし、エアバスはアメリカの航空会社に対して果敢に働きかけていた。アメリカン航空はテキサス州北部にある巨大空港、ダラス・フォートワース国際空港を本拠とし、その近くに本社も置く。エアバスのセールスチームはダラスのダウンタウンにあるリッツ・カールトンホテルに「ミニオフィス」を陣取り、アメリカン幹部らへの売り込みを進めていた。

 エアバスの販売部門を率いていた最高執行責任者(COO)のジョン・リーヒは、業界で名を知られた腕利きのセールスマンだった。アメリカンCEOだったジェラルド・アーピーを食事に誘い出すなどして食い込んだ。それに対し、ボーイングは自国の得意客が奪われることはないと安心しきっていたのか、営業の熱心さでは後れを取った。

 リーヒの売り込みも功を奏し、アメリカンは、次世代の主力小型機をボーイングの737シリーズからは調達せず、エアバスのA320neoだけを大量購入する方向に傾いていた。アメリカンCEOのアーピーは、ボーイングCEOだったジェームズ・マックナーニに電話し、そのことを伝えた。

 ボーイング社内に動揺が走った。ベトナム戦争があった1960年代に初代が飛んだ世界的ベストセラー、737シリーズは改良を重ね、そのとき3世代目の737NG(Next Generation)に進化していた。ただ、燃費性能などでは後発のA320neoに大きく水をあけられていた。

 ボーイング社内では、まったく新型の小型機を白紙から開発するプロジェクトが検討されていた。たとえば、通路は二つあって客を多く乗せられる「ワイドボディー」だが、大きさはコンパクトに抑えて効率性を高めた機体、といったアイデアがあった。

 しかし、新たなコンセプトの機体をゼロから開発していては、10年近い時間とおそらく100億ドル(約0.9兆円)超もの費用がかかる。なによりアメリカン航空からの何百機もの小型機の受注を、エアバスに丸ごと奪われかねない。

 ボーイング経営陣は考えを改めた。手元にある737NGをベースに、A320neoと同じCFM製の大型エンジンを据え付ければ、手っ取り早くエアバスに対抗できる。それがマックナーニらの選択だった。