
「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた詩人キャシー・パーク・ホンは、アジア移民の子どもである。彼女は自身の体験や具体例を織り込みながら、アジア系アメリカ人の「マイナーな」感情を描いた。今回は2017年に起こった、ベトナム系の男性・デヴィッド・ダオがユナイテッド航空機を引きずり降ろされた事件にスポットを当て、多くのアジア系移民が抱くトラウマを深堀りしていく。※本稿は、キャシー・パーク・ホン(著)、池田年穂(訳)『マイナーな感情 アジア系アメリカ人のアイデンティティ』(慶應義塾大学出版会)の一部を抜粋・編集したものです。
共産主義者の協力者と
間違えられた祖父の受けた仕打ち
朝鮮戦争では300万人以上の朝鮮人が亡くなった。これは人口のおよそ1割に当たる数である。
そのなかには、道をふさいでいるというので、あるいは共産主義者の協力者と間違えられて殺された無辜の民間人も多数いた。戦争のあいだ、私の父は家で家族といたときに、ドアをどんどんと叩く音を聞いた。家族が何か反応する前に、アメリカの兵隊たちが小屋に押し入ってきた。彼らは味噌の入った陶器の壺を蹴り落とし、寝具をずたずたにした。ほんの数分で父の家は滅茶苦茶になった。兵隊たちは知らない言葉で何か命令を怒鳴ったが、それを一言でも理解できる人間はいなかった。
「彼らは何が欲しいんだ?」家族はあたふたとして尋ね合った。「なぜここに来たのかな?」兵士たちは私の祖父を指さして外に出るように命じた。巨大な体躯の彼らに比べると、祖父は小人のように見えた。だが祖父は従おうとしなかった。彼は朝鮮語で「私たちにどうして欲しいんだ?何も悪いことはしていないぞ!」と言い続けた。とうとう1人の兵士が祖父の頭をライフルで殴り、家から引きずり出した。
残りの家族全員が祖父を追って中庭に出た。祖父は朝鮮語で懇願し続けた。兵士が祖父を黙らせようと、警告の意味で地面に銃を1発撃った。祖父も残りの家族も、手を頭の後ろに回して地面に横たわるよう命じられた。兵士は銃を傾けると祖父の頭に向けた。そのとき伯父が、ちょうどそこにやってきた兵士たちの通訳に気づいた。
彼らは一緒に学校に通った仲だったのだ。伯父はその通訳に呼びかけ、相手も彼に気づいた。通訳はアメリカ兵たちに向かって、彼らの得た軍事情報は間違っている、と伝えた。ここの村人たちは共産主義者の手先ではなく、無辜の民間人だった。アメリカ兵たちは捕まえる相手を間違えたのだ。
ユナイテッド航空機から
引き摺り降ろされた「デヴィッド・ダオ」
デヴィッド・ダオが満席のユナイテッド航空の飛行機から警備員に引きずりおろされるバイラルヴィデオを観たとき、私は父の物語を思い出した。
2017年4月9日、この飛行機がたまたまダブルブッキングで席が足りなくなったため、乗務員たちは席を譲ってくれる乗客を募った。誰も呼びかけに応じなかったとき、彼らは行き当たりばったりにダオを選んだ。