「日本企業の旧態依然の体質が…」などと訳知り顔で語る評論家たちが、はやりの経営用語を持ち出して大はしゃぎする――。大谷翔平の二刀流ならぬ「両利きの経営」はまさにそうした用語の一つだが、じつは日本のトップ企業ははるか昔から、コツコツ堅実にこれを実行しているのだ。※本稿は、岩尾俊兵『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
既存のビジネスでしっかり稼ぎつつ
新規事業やイノベーションの布石を打つ
近年、両利きの経営という概念が流行している。
2019年にはチャールズ・オライリー教授とマイケル・タッシュマン教授による『両利きの経営』(東洋経済新報社)の日本語訳が出版され、話題を呼んだ。
ここで「両利き」とはAmbidexterityの日本語訳であり、両手利きとか二刀流などとも訳すことができる。では経営におけるAmbidexterityとは何と何の二刀流かといえば、それは既存の技術や知識などの活用(深化・深耕)と探索であるとされる。
ようするに既存のビジネスでしっかりと稼ぐことと、新しいビジネスを始めたりイノベーションを引き起こしたりすることとを両立する経営という意味である。
オライリー教授とタッシュマン教授によれば、この両利きの経営という概念は、言葉としては1976年のロバート・ダンカン教授による論考に源流があり(ただし、彼らがダンカン教授について触れるのは両利きの経営が市民権を獲得してしばらくしてからだ)、論理モデルとしてはジェームズ・マーチ名誉教授による「組織における探索と活用のシミュレーション」に源流があるという。
こうした研究を概念としてまとめ上げたのがオライリー教授とタッシュマン教授だということである。
なお、この「両利きの経営」に関しては、「よくある通常の研究のラベル張り替えのために使われているのではないか」という指摘も存在する。
実は、両利きの経営の元となったジェームズ・マーチ名誉教授による1991年の研究論文や前述のオライリー教授とタッシュマン教授による1996年の論文の発表から10年ほどは、両利きの経営についての論文は活発には発表されてこなかったのである。
ところが、ロンドン・ビジネス・スクールのジュリアン・バーキンショー教授が『Academy of Management Journal』誌にて、担当編集者から両利きの経営を応用した「文脈レベルの両利きの経営」というコンセプトを用いてはどうかとアドバイスされ、実際にその指示に従った論文が出版されたことをきっかけに、状況は変化した。
この概念は経営学研究において使い勝手が良く、これ以降、まさに指数関数的に両利きの経営分野の論文が増え、ある種のブームになった側面もある。両利きの経営という概念が、研究のラベリングに非常に使い勝手が良かったというのも、両利きの経営ブームをけん引した要因の一つではあるだろう。