いつも謙虚で控えめなのに、なぜか一目置かれる人がしていることとは? 世界で話題となり、日本でも20万部を超えたベストセラー『「静かな人」の戦略書』の著者、ジル・チャンが待望の新作を刊行。謙虚な人ならではの作戦を伝授する『「謙虚な人」の作戦帳――誰もが前に出たがる世界で控えめな人がうまくいく法』だ。台湾発、異例のベストセラーとなっている同書より、特別に内容の一部を公開する。

プロとして「ときには押し戻す」
謙虚な人は、実力があっても、脳内で天使と悪魔が言い争うように、正反対の思考がぶつかることがある。
心のなかで、一方では、「自分はすごいんだ。業界でもトップクラスだし、高いお金を出してもらうべきだ!」と大声で叫び、もう一方では、「私にはできない。私はただ自分を大きく見せようとしているだけだ。そんなに期待しないでほしい!」と叫んでいるようなものだ。
だが、いちばん困るのは、これが天使と悪魔のように明確に区別できるものではないことだ。なぜなら、どちらも自分の本当の声なのだから。
あなたの仕事はプロ意識を持ってサービスを提供することであって、クライアントに迎合することではない。といっても、両者は明確に線引きできるものではないし、文化によって境界線は変わる。
たとえば台湾なら、ビジネスパーソンは「何としても使命を果たす」ように叩き込まれる。
クライアントが何と言おうと、どんなタイミングで言ってこようと、手持ちのリソースが足りなかろうと、どうにかして相手の望むものを提供するのがよしとされる。
ところがアメリカへ来て、私は初めて、クライアントに「push back(押し戻す)」をしてもいいと教わった。
当時の私にはさっぱり理解できなかった。
クライアントの要求には最大限応えるべきではないのか? 押し戻すって何? どうやって押せばいいのか?
「何でもやる」というスタンスは危険
私のアメリカ人上司は、真剣にこう言った。
「ジル、あなたの仕事はクライアントにサービスを提供することであって、自分を消耗させることじゃない」「顧客管理には、彼らの期待を管理することもふくまれている。先方に非現実的な期待を抱かせないことも、あなたの大切な仕事だよ」と。
この観念は、私の脳の設定に大きな衝撃を与えた。
クライアントにサービスすることと、クライアントに迎合することはイコールではないと、本当の意味で理解するのに、長い時間がかかった。
私はクライアントが何を言ってこようと使命を果たそうとし、先方の要求を無理やりのもうとしてきた。
ところがアメリカ人上司は、「あなたは会社を危険にさらしている」と言う。
それに先方のご機嫌をとろうとするメンタリティは、結局のところ、自分の交渉力を著しく低下させるだけだということが、研究によって証明されている。
だからクライアントと向き合うときには、脳内の天使と悪魔がどう言い争っていようと、「しっかり自分の仕事をする」という基本に立ち返ろう。
そこには商品やサービスに関する知識を持つこと、業界の事情に精通すること、クライアントの立場に立って複数のソリューションを提案することなどがふくまれる。
あなたの価値は、迎合することではなく、プロフェッショナルであることから生まれるのだ。
「最後の一線」を決めておく
クライアントと交渉中に相手のことを気遣いすぎると、目標を下方修正したり価格を下げすぎたりしてしまいがちだ。
それを避けるためには、面談前にしっかり戦略を立てておくことが大事だ。
たとえば、この交渉における自社もしくは上司の戦略は何か、底値はいくらか、その底値は本当にそれ以上まけられない価格なのか、それともまだフレキシブルなのか、もし価格交渉が不調だった場合、発注を受けることは会社にとってメリットとデメリットどちらが大きいのか、どういった条件なら受注を断るか……。
こうした限度を事前に整理して念頭に置いておけば、いつのまにかクライアントに主導権を握られて、「わかりましたよ、今回はその条件でお受けします!」などと全面的に屈する必要はなくなる。(中略)
謙虚な人が他人と交渉をするときには、高圧的でも卑屈でもない態度を確立し、自分と相手をよく知り、しっかりと準備をして臨もう。
自分が何者で、何を持っているか、何をすべきかを理解すれば、より強く、より落ち着いた態度で、プロとしての能力を存分に発揮できるはずだ。
(本記事は、ジル・チャン著『「謙虚な人」の作戦帳』からの抜粋です)