ニタ・A・ファラハニーはイラン系アメリカ人の法学・哲学教授で、「新しいテクノロジーの社会・法・倫理的影響」を研究している。それと同時に長く片頭痛に悩まされており、さまざまな治療薬のほか、「神経毒を頭、こめかみ、首、肩に注射してもらい、電気刺激、経頭蓋電気刺激、MRI、EEG、fMRIも試した」という。その後、彼女はこうした体験を「頭痛を治療する権利を持つことで、自分が不公平にも有利な立場に置かれているのではないかと感じる」ようになった。
『ニューロテクノロジー 脳の監視・操作と人類の未来』(鍛原多惠子訳/河出書房新社)ではそのファラハニーが、指数関数的に進歩する脳科学・神経科学のテクノロジーがわたしたちや社会にどのような影響を与えるかを、驚くような実例をあげて論じている。原題は“The Battle for Your Brain; Defending the Right to Think Freely in the Age of Neurotechnology(あなたの脳をめぐる闘い ニューロテクノロジーの時代に自由な思考の権利を守る)”。

監視社会から認知的自由を守るために、自分の脳データを管理する自己決定権が重要になる
意識や精神、思考や感情は脳の活動から生まれる。心(精神)と身体(肉体)を別のものとするデカルト流の心身二元論を受け入れないなら、このように考えるしかない。だが脳はとてつもなく複雑な器官で、そのうえ人間の頭蓋骨を開けて観察したり、動物実験のように機能を阻害・亢進させてなにが起きるかを調べたりできないため、その研究は遅々として進まなかった。
だが21世紀になると、脳神経科学にもとづいたニューロ(神経)テクノロジーは爆発的に進歩し、いまや毎日のように新しい発見が生まれている。この事態をファラハニーは、本書の冒頭で次のようにまとめている(以下、引用は適宜改行を加えた)。
ニューロテクノロジーは、私たちが保守あるいはリベラルのどちらに生まれついているか、不眠が自分で思うほど深刻か、自分が誰かに恋しているか、それともそれは単なる「欲望」かを教えてくれる。
自分がリスクや報酬にどう対処するか、自分が生来の浪費家あるいは吝嗇家であるかもわかる。遠からず、フットボール選手が脳震盪を起こすと、ただちにスマート・フットボールヘルメットがこれを診断できるようになる。
ニューロテックデバイスは脳内で起きる病的な変化も検知できる。たとえば、初期のアルツハイマー病、統合失調症、認知症にかかわる脳領域における活動速度の低下などを検知できるのだ。
このような疾病の可能性があることを誰もが知りたいわけではないだろうが、知りたい人にとっては準備期間が得られるという利点がある。
DARPA(国防高等研究計画局)はアメリカ国防総省の研究支援機関で、軍事用の新技術開発を目的とし、とりわけインターネットの原型であるARPANETを開発したことで知られる。そのDARPAは「認知力拡張計画」によって、兵士の能力(脳力)をテクノロジーによって増強することを目指している。
DARPAのプロジェクトのうち、「ヒト補助神経デバイス計画」は「人間の脳に対する脅威を明確にして軽減するために脳データを解読すること」を目的とし、「アクティブ認証」は一人ひとり異なる「認知の指紋(脳神経データ)」の生体情報にもとづいた認証を実現しようとしている。
こうした技術が日常的に使われるようになったとき、いったいなにが起きるのか。わたしたちはこの大きな変化に、どのように対応すればいいのか―― これがファラハニーの問いだ。
本書には新奇な用語がたくさん出てくるが、中心的なテーマは「認知的自由」だ。これは「脳神経権(neurorights)」ともいい、「脳や精神の経験にかかわる自己決定権」のことだという。
「脳の透明性」は、脳波など観測可能な脳内の情報が外部に開かれていて、他者がアクセスできる状態をいう。テクノロジーによって脳の透明性が増すと、国家やプラットフォーマーなどが、市民・ユーザーの脳データを統治やビジネスのために利用するかもしれない。そんな監視社会から認知的自由を守るために、自分の脳データを管理する自己決定権が重要になるのだ。
「監視社会を許すな」というだけでは「居眠り運転をなくせばたくさんの生命が救われるではないか」という反論にこたえることはできない
EEG(ElectroEncephaloGraphy)は頭に電極を装着し、脳波を記録する装置だ。会社が従業員にEEGセンサーを埋め込んだヘッドバンドを強制し、勤務中の脳波を監視するというのは、SF的なディストピアとして誰もが強い拒否感を抱くだろう。だが、話はそう簡単ではないとファラハニーはいう。
よく知られているように、覚醒時と安静時では脳波が異なる。ベータ波は興奮しているとき、ガンマ波は集中しているときに活発になる。それに対してアルファ波はリラックスした状態や瞑想状態、シータ波は白昼夢を見ているようなとき、デルタ波は睡眠状態で強くなる。これを利用すると、従業員が覚醒状態にあるか、それとも注意力が低下していたり、うたた寝しているかがわかる。
2016年1月の深夜、軽井沢近郊の国道で貸切スキーバスがガードレールをなぎ倒して道路枠に転落し、運転手と乗客15人が死亡する事故が起きた。現場にブレーキ痕はなく、65歳の運転手の居眠り運転が原因だと見られている。この事故で死亡した乗客は、格安スキーツアーに参加した首都圏の大学生だった。
注意力が低下すると、脳内でシータ派とアルファ波の活動が活発になる一方で、ベータ波の活動が弱まる。アルファ波の活動は、それのみで疲労の蓄積の指標に用いることができる。それを監視して、危険な状態になったら大きなアラームを鳴らすようにしておくことは、技術的にはさほど難しくないだろう。EEGによる乗務員の脳の監視が義務づけられていたら、この悲惨な事故は避けれたかもしれない。
ファラハニーは、脳の監視には大きな利益があるという。
「ハイウェーを猛スピードで突っ走る40トンもあるトラックのドライバーが、はっきり目覚めていて万全であることを知りたい」という社会のきわめて現実的な利益に、ドライバーの精神的プライバシーという抽象的なものが優ると断言するのは難しい。
「監視社会を許すな」というだけでは、「居眠り運転をなくせばたくさんの生命が救われるではないか」という反論にこたえることはできないだろう。「遠からず、雇用主のみならず社会全体が、安全性と生産性の向上は従業員のプライバシーの犠牲に十分見合うと考えるようになるかもしれない」のだ。
ところで、職業ドライバーの脳への監視が許容されるようになれば、安全にかかわるさまざまな仕事で同じことをしてはいけない理由があるだろうか。