テスラは、世界で最も知名度の高い電気自動車ブランドとなり、世界で最も価値の高い自動車メーカーとなった。2022年の時点でみれば、同社は年間100万台以上の車を販売しているが、マスクが手ごろな価格の車になると約束した最も安いモデル3でも、3万5000ドルをゆうに上回る値がついている。
政策が正しく実行されれば
テクノロジーの大変革を起こせる
万鋼がどのような人物かは、ほとんど知られていない。彼はマスクとほぼ同時期にEVの世界で頭角を現し始めた。専門的訓練を積んだエンジニアであった彼は、2007年に中国の科学技術部部長〔日本の科学技術政策担当大臣に相当〕に任命される。トップダウン式のこの国の経済システムのなかで、万は、電気自動車製造に関連する中国企業を何百社も設立するように奨励する政策をとった。
現在、中国では年間600万台以上のEVが販売され、そこには高価格の車だけでなく、1万ドル以下の低価格帯の車など、あらゆる種類の電気自動車が含まれる。万の政策によって、世界最大級であり非常に価値の高い電気自動車メーカー、およびリチウムイオン・バッテリーのメーカーも誕生した。そして、彼が採用した政策は、既存の中国企業だけに影響を与えたわけではない。今なお中国を世界最大の市場とする、世界中の大手自動車メーカーも影響を受けた。
マスクがウォール街の懐疑的な見方と戦い、政府から波のように押し寄せる補助金を受けながら、混乱の時代にテスラをどうにか生き残らせようとしている間に、万は、政策が正しく実行されれば、中国のみならず世界全体でテクノロジーの大変革を起こしうると示した。ふたりは、世界を現在の経済時代から次の経済時代へと押し上げる世界的プロジェクトの最前線にいる。とはいえ、ふたりのうち、より大きな影響を与えてきたのは、知名度の低い方の人物だ。
万は、2000年に中国の新型車開発計画の責任者に任命されて以来、ある締め切りを抱えてきた。2008年のオリンピックまでに電気バスと電気自動車を生産するという締め切りだ。オリンピックで電気自動車が登場するのは、北京大会が初めてではない。1972年のミュンヘン大会では、BMWが鉛蓄電池を搭載した電気自動車の試作モデルを2台製造している。だが、中国の計画ははるかに意欲的で、北京大会までに1000台の電気バスと電気自動車を用意することになっていた。