補助金のおかげで1万台の
PHEVが中国を走った
万鋼は2007年までに、国有自動車メーカーの北京汽車(BAIC)、上海汽車集団(SAIC)、東風汽車集団、奇瑞汽車などをはじめ、多くの研究機関や事業者と提携してプロジェクトに取り組んだ。しかし、中国はまだ効率的な電気自動車の製造に必要なテクノロジーをきわめていなかった。
つまり、先進的なバッテリーを搭載し、高度なソフトウェアで制御する効率的なモーターが、中国にはまだなかった。試作モデルを製造し、テストに成功したものの、そのような電気自動車を1000台製造する能力はなかった。政府は敗北を認めるのではなく、意欲を抑制し、BAICの子会社が電気バスを50台、奇瑞汽車がハイブリッド電気自動車を50台生産することになった。
北京オリンピックでEVを導入する目標は期待外れに終わったが、万鋼はNEVを市場に大規模に投入する承認を得た。新車を購入するごとに、多額の補助金も支給される。彼が重視したのは技術的中立性〔さまざまな技術の可能性を排除しないように、特定の技術や手法を前提とした制度設計を避けること〕で、二次電池式電気自動車(BEV)、プラグイン・ハイブリッドカー(PHEV、容量の大きなバッテリーと内燃機関)、燃料電池自動車(FCEV、燃料電池に水素を使用し、排出物は水のみ)を製造するように、自動車メーカーに奨励した。
この計画の目標は、2012年までに中国の10大都市でそれぞれ1000台のNEVを販売することで、政府は1台あたり約1万ドルの直接補助金を支給する準備をして、国民の購買意欲を高めようとした。さらに政府は、減税や工場用地を安価で提供するという形で、自動車会社やバッテリーメーカーには間接補助金を出す。政府補助金の総額は、数十億ドルに上った。
継続的な支援が功を奏して、計画はようやく進み始めた。深圳(シンセン)に本社を置く比亜迪(BYD)は、2008年の北京オリンピックの数カ月後に、トヨタ・カローラとよく似た姿かたちのプラグイン・ハイブリッドカー、F3DMを発売した。補助金のおかげで、2011年には1万台が中国の道路を走るようになった。