日本を代表するマーケターで、大ヒット中の新刊『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』を上梓した森岡毅さん(株式会社刀 代表取締役CEO)と、『世界標準の経営理論』などの著者で経営学者の入山章栄さん(早稲田大学ビジネススクール 教授)が、消費者理解の本質について語り合う対談シリーズ。この第3回では、森岡さんがかつてスマホゲームに自身の“限界”まで課金してわかったことや、「恐怖」という感情の意味するところを聞きながら、消費者理解の本質に迫ります。(構成:書籍オンライン編集部)

【森岡毅×入山章栄対談(3)】スマホゲームに“限界”まで課金してわかったこと 森岡流の消費者理解森岡毅氏(左)、入山章栄氏(右)

経費じゃダメ。ポケットマネーを突っ込まないと……

入山章栄さん(以下、入山) 消費者理解のための森岡さんがやってきたエクストリーム(極端)な行動はいろいろあって、スマホゲームに数千万円課金した、という話も聞きました。これはUSJ再建のときでしょうか。

森岡毅さん(以下、森岡) いや、USJのときは440万円だったのですが、あるスマホゲームを研究したときはウン千万円以上使いましたね。嫁さんにバレて、めっちゃ怒られたんですよ。

入山 え!? 経費じゃなくて?

【森岡毅×入山章栄対談(3)】スマホゲームに“限界”まで課金してわかったこと 森岡流の消費者理解森岡 毅(もりおか・つよし)
株式会社刀 代表取締役CEO
神戸大学経営学部卒業。96年、P&G入社。日本ヴィダルサスーンのブランドマネージャー、P&G世界本社で北米パンテーンのブランドマネージャー、ウエラジャパン副代表などの要職を歴任。2010年にユー・エス・ジェイ入社。高等数学を用いた独自の戦略理論を構築した「森岡メソッド」を開発。窮地にあったUSJに導入しわずか数年で再建。その使命完了後の17年、株式会社 刀を設立。「マーケティングとエンターテイメントで日本を元気に!」という大義を掲げ、成熟市場である外食産業や製麺パスタ関連業界、金融業界、観光業界など多岐にわたる業界・業種において抜群の実績を上げる。24年、イマーシブ・フォート東京をオープン。新テーマパーク「ジャングリア沖縄」の25年7月のオープンにも取り組む。

森岡 これ、刀の経費じゃダメなんです。消費者として私のポケットマネーを突っ込まないと、廃課金者の気持ちがわからない。私は「なぜ彼らが最終的にゲームをやめるのか」が不思議だったんです。無敵に近くなるまで投資して、その世界で優越感に浸れるのに、なぜそこから離脱してしまうのか? それを知るには、自分がやめたくなる限界まで金をかけるしかない、と思ったんです。私は3600万円が限界値でしたね。これ以上はダメだ、と。

入山 けっこう高い(笑)!! 奥様にはなんて説明したんですか。

森岡 いつ言おうかなとずーっと黙っていたんですけど、「カード会社からおかしな明細が届いた。海外サイト経由だから絶対おかしい!」と騒ぎ始めたので、観念して謝りました。「本当に仕事なんだよ」と。「これのどこが仕事なんだ」と、かなり疑われましたけど(笑)。

入山 奥様の気持ちもわかりますよね(笑)。

森岡 でも、上には上がいて、億までいっている方もいました。なぜわかるかって、私、計算したんですよ。そのゲームで、あるステイタスの係数にいくまでガチャを引いたら、いくらかかるか。そうしたら、1億4000万円使ってる人もいましたから、私はまだ鼻たれです。自分と同じレベルだと世界に70人ぐらいいます。

入山 いや、十分すごいです。

森岡 このレベルでも、わかったことはいっぱいありました。最後は、怖くなるんですよ。そして自分が大嫌いになるんです。ガチャを引いたときの感覚が頭に残って、射幸心で気持ちよくなって、どんどんお金を使っていっている自分が、ある臨界点を超えると「やべぇ、このあとお金と時間をどこまで使うんだろう」と怖くなる。

 つまり自己保存の本能が、生存確率を高めるために、欲求より恐怖を上回らせて行動を止めようとするんだと思うんです。ゲームをやめる人は「飽きたから」とか格好つけて言うんですけど、本質は怖いからです。

入山 面白い! 外部反応からいかに自分を守るか、という心理ですね。

森岡 逆に、怖さを感じさせないようにゲームを設計すれば、私から1億4000万円をとることができたかもしれない。そこをどうトータルデザインするかが、そのゲームの提供側の課題だなとわかりました。

入山 さすが、たしかにそうですね。

人間の奥底にある「恐怖」という感情

【森岡毅×入山章栄対談(3)】スマホゲームに“限界”まで課金してわかったこと 森岡流の消費者理解入山章栄(いりやま・あきえ) 
早稲田大学大学院経営管理研究科、早稲田大学ビジネススクール教授 
慶應義塾大学卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所でコンサルティング業務に従事後、2008年 米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(博士号)取得。 同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。2019年より教授。専門は経営学。国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。メディアでも活発な情報発信を行っている。

森岡 そもそも「感情」って何なんだろう? と考えるわけです。本能が生存確率を高める行動をとらせるための信号が「欲求」で、欲求の満たされ具合を自身の意識に感知させるのが「感情」ですよね。感情の中でも「恐怖」や「怖い」という気持ちは、ある行動をやめさせるほど強い力をもっていて、人間が生き抜くうえでものすごく大切なんだと思います。

入山 そうですね。感情をつかさどる扁桃体は、脳の真ん中で大脳皮質ができる前にできるから、一番古くから組み込まれた感覚なんですよね。

森岡 私、狩猟をやるんですが、スコープから鹿をのぞくと、恐怖を感じて怯えた目をしているのが見えます。だから、引き金を引くのがすごく忍びないのですが。この「恐怖」というのは哺乳類すべてが古くからずっと持っている感情で、生存のために古くから人間にも備わっている、怖さはすごく嫌だけど大切なプログラムなんだろうと思います。

入山 たしかにそうですね。経済学における人の心理ドライバーとしては「合理性」「欲求」「利他の精神」などがありますが、国際政治だと一番の心理ドライバーは「恐怖」なんだ、と政治学者の細谷雄一先生が本で書かれていました。人間は誰しも死にたくないし、愛する人たちを失いたくない――その感情が「恐怖」なので、軍事力をもって威圧する。

 経済でも社会でも、根底には「恐怖」がある気がしますよね。たとえば、法を守らないと罰せられるという恐怖があるので、法律を守るわけですよね。私は、人間の一番根底にある心理ドライバーは「恐怖」だろうと理解してます。

森岡 おっしゃる通りだと思います。(研究パートナーで刀 CIOの)今西(聖貴氏)との研究でわかったことがあって、人間の本質は実はシンプルで、あらゆる行動・衝動のもとは13個ぐらいの感情に分類されるんですけど、その3分の1ぐらいは「恐怖」に収れんされるんです。
「恐怖」は人間が生き残りたいという感情を否定する、真逆にある一番恐ろしいものなので、世界経済がその「恐怖」を根底にして動いているという説にも同意です。

<次回は5月5日に【森岡毅×入山章栄対談(4)】を公開予定>
――本対談シリーズの過去掲載分はこちら――
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【森岡毅×入山章栄対談(2)】「結果が出る人」と「うまくいかない人」の”努力の中身”の決定的な違い