日本を代表するマーケターで、大ヒット中の新刊『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』を上梓した森岡毅さん(株式会社刀 代表取締役CEO)と、『世界標準の経営理論』などの著者で経営学者の入山章栄さん(早稲田大学ビジネススクール 教授)が、消費者理解の本質について語り合う対談シリーズ。この第5回では、ビジネスパーソンがとらわれがちなコンプレックスや嫉妬などのダークサイド・モチベーションを乗り越える唯一の本能は何か、また生まれながらに本能は定まっているのか、などについて議論が白熱します。(構成:書籍オンライン編集部)

ビジネスパーソンが陥りがちなトラップ
森岡毅さん(以下、森岡) ビジネスの世界は、今もってわからないことが多いじゃないですか。何かがわかったら、その10倍ぐらいわからないことが出てくる。だから、このずーーっと考えている状態が結構楽しいですよね。
入山章栄さん(以下、入山) 発想が完全に学者ですね(笑)。

株式会社刀 代表取締役CEO
神戸大学経営学部卒業。96年、P&G入社。日本ヴィダルサスーンのブランドマネージャー、P&G世界本社で北米パンテーンのブランドマネージャー、ウエラジャパン副代表などの要職を歴任。2010年にユー・エス・ジェイ入社。高等数学を用いた独自の戦略理論を構築した「森岡メソッド」を開発。窮地にあったUSJに導入しわずか数年で再建。その使命完了後の17年、株式会社 刀を設立。「マーケティングとエンターテイメントで日本を元気に!」という大義を掲げ、成熟市場である外食産業や製麺パスタ関連業界、金融業界、観光業界など多岐にわたる業界・業種において抜群の実績を上げる。24年、イマーシブ・フォート東京をオープン。新テーマパーク「ジャングリア沖縄」の25年7月のオープンにも取り組む。
森岡 全部がわかっちゃうと、私の場合は生きていく意味が見出せなくなるかもしれない(笑)。知的好奇心は、自分の中から湧いてくるじゃないですか。他人からは「しんどいのに、よくできますね」と言われますが、私にとっては何も我慢してないので、それが幸いです。
入山 人間にとって一番大事なのは、「知的好奇心」ですよね。先日、学生たちにも話したのですが「人間には、ダークサイド・モチベーションがいくつかある」と思うんです。これまでビジネスパーソンを見てきて、途中でダメになる人もたくさん見てきたけど、たとえば、ダークだけどうまく使えば力になるものの1つが「コンプレックス」です。
よく言われますが、起業家はあまり背が高くなかったり、男子校出身者が多かったりするんですよね。学生時代にモテなかった人が多いから「起業は復讐」なんじゃないかと。モテなかった人たちがモテようとしたときに、起業して資金を集めて、ビジネスが当たるとモテるようになって港区女子と仲良くなれて、リベンジを果たす。
森岡 なるほど! 思わず具体名が出そうになった(笑)。
入山 そうやってコンプレックスを乗り越えたとき、次にくるのが「嫉妬」です。大企業でようやく部長になったけど、なんで同期のあいつのほうが先に役員になるんだ、と。じゃあ「嫉妬」を乗り越えて、ようやく頂点に立ったとすると、もう一個最後にトラップがあって、それが「承認欲求」です。「俺はこんなにすごいのに、なんでみんなわかってくれないの」と。やたらSNSでアピールする人もいるじゃないですか。
これを唯一乗り越えられるのは「知的好奇心」だと思うんです。自分が尊敬する年上の方も、やっぱり知的好奇心がすごく強い。
森岡 本当にそうですね。私が尊敬する方も知的好奇心がずば抜けてますよね。
入山 その最たる例が、先日惜しくも89歳で亡くなられましたが、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生です。
森岡 私も野中先生はすごく尊敬してます。『失敗の本質』は3冊読みつぶしてます。
入山 すごいですよね。野中先生は好奇心の強さがずば抜けていて、ギリギリまでずっと現場に足を運ばれて、私よりも最先端のことを学ばれていながら、常に謙虚で、本当に素晴らしい方だなと。だから誰からも嫌われないし、スキャンダルもないし、知的好奇心こそ最強だというのが私の結論なんです。