イーロン・マスクによるツイッター買収の全貌を描いた衝撃のノンフィクション『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』(ベン・メズリック著、井口耕二訳)が話題だ。本書には、マスクとツイッター社の壮絶な攻防と理想の衝突が、克明かつ臨場感たっぷりに描かれている。「生々しくて面白い」「想像以上にエグい」「一気に読んだ」などの絶賛の声も多い。本記事では、当時ツイッターが抱えていた問題と、イーロン・マスクが考える「言論の自由」について焦点を当て、本書を引用しながら紹介する。(構成/小川晶子)

ウソの情報を拡散、世論を誘導…SNSで情報操作を行う集団「トロールファーム」とは? イーロン・マスクによるツイッター買収劇から見る、SNSの「言論の自由」の行方Photo: Adobe Stock

SNS上でウソの情報を拡散。政治的な意見操作を行うプロ集団「トロールファーム」とは?

人々の政治的思想や意思決定に干渉する目的で、インターネット上で偽情報を大量に拡散するプロ集団のことを「トロールファーム」と言うらしい。「トロール」とはネット上で嘘をばらまいたり、ヘイトスピーチを誘発したりするなど、悪質な行為をする人のことを指す。

私はそこそこヘビーなXユーザーで、時間を溶かしてしまうため「1日90分の制限」をかけているくらいなのだが、それでもトロールファームの存在をはっきりとは知らなかった(日本では「工作員垢」とか「ネット工作員」と呼んでときどき話題になるのを見るが、組織的なものだとは思っていなかった)。

生々しく描かれた「トロールファームの中の人」

『Breaking Twitter』には、「トロールファームの中の人」から見た世界も描かれている。衝撃的なのは、カザフスタン共和国の都市・アクトベのフィオドール・ドロボースキー(印象的な名前である)という人物が、世界中から依頼を受け、100人以上の若者を集めてSNSの情報操作を行っているシーンだ。

成果はかなり挙げられていると自負している。正確にはわかるはずがないのだが、接戦の選挙結果に影響を与えたり、企業がしかけたいちかばちかの勝負で結果を左右したり、世論をまとめたりできたと思うのだ。トロールファームが大量の投稿やミーム、コメントを上手に流せば、少なくとも一時的には経済を動かせるし、政治に影響を与えることもできる。それはまちがいのない事実である。(p.162)

この地で、フィオドールはある意味成功者だ。

デジタル化の波に乗り、「インフルエンス請負」によって世界中からビットコインを稼いでいる。

倫理的な問題があるように思うが、フィオドールの育ってきた社会においては、「倫理などというものは特権階級の人々がするものにすぎず、その間、下々の者は、金持ちの庭を耕したりゴミをかたづけたり、戦争に行って死んだりするのがオチ」(p.162)なのだ。

正直なところ、仕掛け人が誰なのかも、なにが目的なのかも、フィオドールにとってはどうでもよかった。数分後には偽アカウントを作りはじめ、3時間にも満たないくらいの短時間で5万件ものコメントを攻撃目標のプラットフォームに投下すればいいのだ。(p.163-164)

SNSの闇も描く『Breaking Twitter』……さすがは映画『ソーシャル・ネットワーク』のベストセラー原作者ベン・メズリック。

ドロボースキーは架空の人物だと思われるが、トロールファームの内側というドキドキする印象的なシーンを挟み込み、読み手を物語に巻き込んでいく。