学歴話のなかで相手の信頼性をたしかめる
――先ほど、「学歴の話が盛り上がりやすい理由はいくつかある」とおっしゃっていましたが、ほかにはどんな理由があるのでしょうか。
びーやま:少しフォーマルなシーンの場合だと、学歴がその人の信頼性を担保する役割を果たすため、学歴の話になりやすいんだと思います。
たとえば、ちょっと真面目な話をしているときに相手が東大や早慶などとわかれば、「この人は頭がいいから信頼できるかも」と、人はなりやすいですし、いい意味でバイアスがかかるように思います。
加えて、就職の場面などにおいても「私は誰よりも努力できる人間です!」と説明されるよりも学歴ひとつ見れば、それが結果としてどのくらい反映されているのかは判断できます。
こういった形で、相手は「どのくらい優秀な人なのか」手っ取り早くたしかめる1つの手段としても学歴の話は機能しているように思います。ただ、「高学歴=優秀」では必ずしもないということ忘れてはいけません。
――たしかにおっしゃる通りですね。ただ、「学歴の話はあまりするものではない!」みたいな風潮もややあるように感じるのですが、その点はいかがでしょうか。
びーやま:それはよくないなと思います。学歴は悪ではないというか、その人が頑張って手に入れた大きな実績の1つですから、「それはよくないことだ!」と断罪してしまうのはどうかなと思います。
もちろん、学歴の話を不愉快に話す人がいるのもわかりますが、それはテーマそのものというよりもその人自身の問題なような気もします。
時代や学校は違えど、結局は「大学受験」という同じ苦しみを乗り越えた仲間みたいなスタンスでいれるところが「学歴話」のいいところですから、テーマそのものに罪はないと思います。
――びーやまさんご自身はなぜ学歴の話が好きなんですか?
びーやま:今の話と少し似ていますが、学歴そのもというよりも、その人の背景にあるエピソードが好きです。たとえば、「どうして地方から都会の私立を選んだのか」とか「どうしてその学部にしたのか」とかを聞くと、その人が大事にしているものや考え方にエピソードベースで触れられるので、人柄がよくわかるなと。
加えて、大学受験時の勉強のエピソードなども、同じ合格という結果でも人によって全然アプローチが違ったりするので、「そんな方法もあるのか」と勉強になっておもしろいです。学歴や大学受験の話は年代によって考え方や勉強法に如実に違いが出るので、そのあたりも奥深いなと。