安定した売上や利益の確保、資金繰り、コスト削減、DXやIT化への対応、優秀な人材の採用や後継者問題など、環境が激変する今日、経営者のお悩みは尽きない。しかし、事業再生コンサルタントの稲田将人氏は、その著書『経営トップの仕事』(ダイヤモンド社)の中で、会社を良くするのも、ダメにするのも、それは経営トップのあり方にかかっていると断言する。この短期連載では、同書の中から抜粋、一部加筆して、永続する強い会社を築くために必要なこと、そのためのヒントをお届けする。

人、性善なれど、性怠惰なり
アメリカンコミックのヒーロー、映画でもよく知られるダークナイトこと「バットマン」は、多くの方がご存じだと思います。正義の味方であれば、もっと優しい容貌で、それこそ初代のウルトラマンのような、すっきりとした、やさしくヒーロー然とした姿をしていてもいいようにも思えます。
しかし、「バットマン」は闇に紛れて行動し、懲らしめた悪人には恐怖のイメージを知らしめ、「自分のことを仲間に話せ」と迫り、自身が世の悪行へのけん制の象徴になろうとします。
こうして考えてみると、元祖変身ヒーローとして1971年に登場し、現代もそのシリーズが脈々と続く「仮面ライダー」。その翌年に登場したアニメーションの「マジンガーZ」。その昔に遡れば1960年代の映画「大魔神」、もっとその前に漫画で読まれていた「黄金バット」、比較的最近でも「牙狼(GARO)」と、これらのヒーローは「バットマン」と同様に、屋根の上の鬼瓦よろしく「睨み」を利かせる表現の容姿をしています。
これは悪、すなわち人のエゴイズムへのけん制を自身の役割としていることを意味しています。
組織におけるマネジャーの役割についての講演の際に、空海が仏像で表現した立体曼荼羅を引用して話をします。空海以前の日本における仏教は禁欲的でした。ところが空海が日本に持ってきた理趣経では、人の欲望を人のエネルギーとして是としており、これによって、僧にも婚姻が認められるようになりました。ただし人の欲望は、時として利己的な煩悩となり暴走することがあります。
立体曼荼羅である仏像群の中央には如来が位置し、その左右には、慈悲を象徴する菩薩と、睨みを利かせる不動明王に代表される明王がいます。不動明王はその手に縄と剣を持っていますが、これは、煩悩を縛り、それでも抑えられなければ叩き切ることを意味しています。
そして、これらの菩薩、明王はそれぞれが独立した人格ではなく、中央にいる如来が変化した姿であり、本来トップには自身で、その両方の顔を使い分けることが求められるのです。
「人、性善なれど、性怠惰なり」
人というものは弱いもので、いともたやすく煩悩に囚われます。集団や組織におけるエゴイズムの蔓延は、国や企業も含め、すべての組織を滅亡に導きます。
中央に位置するトップは、その組織の目的に向かって舵をとると同時に、組織におけるフェアネス、つまり平和の維持の象徴でもあります。
あなたの会社にバットマンはいますか?
この「バットマン」は、舞台設定の米国のゴッサムシティにおける公の組織には、どこにも表れていない存在です。闇の騎士、ダークナイトとして、皆がその存在を知っていても、社会の公式な秩序の中にはどこにも配置されていないのです。
ある経営者は、月に1回、辞めさせる幹部社員のリストを人事部長に渡すことを習慣化しているのですが、このトップは不動明王の役割を果たしているのです。
辞めさせる幹部のリストを受けとる人事部長も大変ですが、こうやって社内のフェアネス、正義を破壊する人材への対応をドライに続けているのが、この会社の表には出てこないトップの断固たる姿勢なのです。
「バットマン」は、書面化されている現行の秩序構造の不備の部分を正す役割を担って発生した、本音では必要とされているものの、公には認められていない存在です。同じく、大ヒットしたマーベル映画のシリーズの「アベンジャーズ」も、公式な存在となるべきかで真っ二つに割れてしまうプロセスを経て、最終的には大国の「思惑」の絡むことのない、公式ではない位置づけの道を選びます。
映画やコミックで語られるこうしたヒーローは、多くの場合、「バットマン」に代表されるように、現行秩序の問題に取り組み、何ら個人にとっての直接的な益にはつながらないことがわかっていても、社会に生ずるエゴイズムの権化であるヴィラン(villain)、つまり悪者との戦いに命をかけます。
この例を企業の中で考えてみると、現行のルールの間隙をぬって、エゴイズムの動機のもとに動き、既存の法やルールを上手く利用して自身の勢力の強化や、自身の評価が上がるよう、自身の利につなげようと考えて動く人材(悪者、エゴイスト)が出てきます。
その一方で、企業の中で、新規製品の開発のイニシアティブをとる、あるいは新しいシステム開発などにより企業や事業を発展させることで、そこで働く人たちにとってより良い状態を作ろうとする「バットマン」、言い換えれば、知的であるものの「ドン・キホーテ」のような人物が現れることがあります。
エゴイズムとは対極的な位置づけとなる、この「ドン・キホーテ」的な動きは、自分にメリットのある現行の秩序構造を変えて欲しくないエゴイストたちにとっては、目障り極まりない存在です。
社内のフェアネスを破壊する
エゴイストへの対応を怠らない
企業の中にある、現行のルールや秩序は、たとえその方向性は間違ってはいなくても、常に修正すべき余地が大なり小なり残っています。社内には時折、手つかずで残されている課題に取り組むべきであると、自分の職責外であり、直接的な評価にもならない改善すべき課題について、本気で声を上げるものが出てきます。
これは私の経験からも断言できますが、彼ら「ドン・キホーテ」たちは必ず、現行の秩序を変えてほしくないエゴイストたちによって、つぶされそうになります。
もし、社内でそのようなことが起きていることを知った時は、トップの立場から彼らを守ってあげてください。マネジャーの仕事はルールを守らせることですが、そもそも担当組織の上位者としてのマネジャーの本当の使命は、そのルールに内在する問題点を明らかにして、より良い状態に修正することです。
そのマネジャーの最高位に位置するのは企業のトップです。全社と将来を見据えた視点から、現行のルールや秩序をより良い状態に修正するのは、経営トップの役目です。
ただし往々にして、企業に内在する大きな問題は、あからさまには表面化はしていないものです。どこに問題があるのか、そこを修正すべきなのかは、日々、普通に過ごしているだけでは、見えず、なかなか気が付かないことも良くあります。
しかし、現行の制度には、まず間違いなく「カイゼン」の余地があります。それに気が付いて声を上げる「バットマン」ならぬ、社内の「ドン・キホーテ」には注視して、守ってあげてください。
常識もある程度備えた人材ならば、課題プロジェクトを起こす際に、声をかけるのも良いと思います。彼らは、会社を牽引していく未来のリーダーの一人になる可能性が十分にあります。
知的な人たちほどやるべきこと、試す価値があることだとわかっていても、そのリスクをしっかりと読みます。トップは社内の課題をよく押さえ、彼らに「大丈夫だ。一歩踏み出していいよ」と背中を押してあげてください。
現行のルールや秩序の課題、問題点を正すのは「バットマン」の顔も持つトップの役割です。時折現れる、自身の評価には直接つながらなくても、課題に取り組もうとする「ドン・キホーテ」人材を守り、常に注視しておくことが必要です。
株式会社RE-Engineering Partners代表/経営コンサルタント
早稲田大学大学院理工学研究科修了。神戸大学非常勤講師。豊田自動織機製作所より企業派遣で米国コロンビア大学大学院コンピューターサイエンス科にて修士号取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。マッキンゼー退職後は、企業側の依頼にもとづき、大手企業の代表取締役、役員、事業・営業責任者として売上V字回復、収益性強化などの企業改革を行う。これまで経営改革に携わったおもな企業に、アオキインターナショナル(現AOKI HD)、ロック・フィールド、日本コカ・コーラ、三城(現三城HD)、ワールド、卑弥呼などがある。2008年8月にRE-Engineering Partnersを設立。成長軌道入れのための企業変革を外部スタッフ、役員として請け負う。戦略構築だけにとどまらず、企業が永続的に発展するための社内の習慣づけ、文化づくりを行い、事業の着実な成長軌道入れまでを行えるのが強み。著書に、『戦略参謀』『経営参謀』『戦略参謀の仕事』(以上、ダイヤモンド社)、『PDCA プロフェッショナル』(東洋経済新報社)、『PDCAマネジメント』(日経文庫)がある。