「部下とのコミュニケーションがうまくいかない」「なんだかチームがワークしていない」「上司が何を考えているのかわからない」……あなたの職場はこんな悩みを抱えていないだろうか。今や多くの職場で“当たり前”となった1on1。2017年に発売されて以降ベストセラーとなった1on1の入門書『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』(本間浩輔・著)は、ヤフーが実践してきた対話手法について、今日から実践できる内容が満載だ。本記事では、職場でありがちな悩みについて、著者の本間浩輔氏に伺った。

Q いきなり部下に退職の意向を伝えられました。何が悪かったのでしょうか?
部下とは定期的に1on1も行い、コミュニケーションは取れているつもりでした。にもかかわらず、突然「辞めます」と切り出され、戸惑いとショックを隠せませんでした。
A 1on1=「上司が聞きたいことを質問する場」ではない
今や、何の前触れもなく退職を申し出る人がいるのは、特別なことではありません。転職が当たり前になった時代において、「突然辞めるなんておかしい」と驚くこと自体、もはやズレているのです。
ただし、上司と部下の間にきちんとしたコミュニケーションがあれば、退職を防げるケースもあります。人は、自分を理解してくれる上司のもとで働きたいと感じるものなのです。
では、何が悪かったのか。質問の趣旨から言えば、「1on1が機能していなかった」ということだと思います。
私はこれまで多くのマネージャーに「私は1on1をできています」と言われてきました。この「できています」があやしい。実際には、ただの雑談で終わっていたり、上司が言いたいことを一方的に話していたりするケースが多く、部下側に聞いてみると「誰のための1on1だかわからない(上司のために部下がつきあっている)」という声を聞くことも珍しくありません。
“1日でできるようになる”は幻想
1on1を“やっている”ことと、“できている(機能している)”ことには大きな差があります。
そもそも管理職はどのようにして1on1を学んできたのかを考える必要があります。管理職である上司に、理想的な1on1をしてもらったなど、よき経験がある人や、なかにはコーチングを学んだ経験がある人もいるでしょう。しかし、多くの管理職は、人事が実施する研修によって1on1を学んでいることが多いです。
しかし、企業で実施される1on1研修は、たいてい半日から1日程度。ですが、私の経験上、本当に効果的な1on1スキルを身につけるには、1日では不十分です。
1on1で使う対話の技術を、私たちは自己流で習得してきました。自己流なので、悪い癖がついていることがほとんどです。
スポーツに例えるとわかりやすいと思います。ゴルフもジョギングも、自己流を続けると悪い癖に気付くことが難しいし、一度付いた悪い癖を直すのは簡単ではありません。癖を直さないとパフォーマンスはあがらないし、怪我をする。これは、1on1も同じです。
さらに、1on1が管理職とその部下のコミュニケーションである以上、部下側から、上司の悪い癖を指摘してもらえることはまずありません。そのため、しっかりとした研修が必要となります。
しかし企業の現場では、「時間がないから」「予算がないから」という理由で研修の短縮が求められます。仕方がない部分もあるのですが、その結果上司たちは“わかった気になっているだけ”の1on1を続けてしまう。できていないのに、できていると勘違いする管理職を量産しています。
こうした構造的な問題は企業側の責任です。
部下の話と上司の話の割合は9対1で
また、うまくいかない1on1には共通する特徴があります。
1 質問ばかりになってしまう
2 ただの雑談で終わる
3 上司が自分の意見ばかり話してしまう
4 上司が話す時間が長すぎる
私自身の1on1を観察した方に、「本間さんは1割しか話していませんね(=9割は部下が話をしている)」と言われたことがあります。1割は極端でも、部下:上司=7:3くらいのバランスにしないと、部下からは「結局、上司がずっと話していた」と感じられてしまいます。
1on1ができるようになるには、知識を得るだけではなく、何度も練習し、フィードバックと修正を繰り返すことが大切です。
突然の部下の退職の話から、1on1の習得方法の話に変わってしまいましたが、この機会に管理職のありかたや、コミュニケーションについて再考してみてください。
(本記事は、『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』に関連した書下ろし記事です)
・パーソル総合研究所取締役会長
・朝日新聞社取締役(社外)
・環太平洋大学教授 ほか
1968年神奈川県生まれ。早稲田大学卒業後、野村総合研究所に入社。2000年スポーツナビの創業に参画。同社がヤフーに傘下入りしたあと、人事担当執行役員、取締役常務執行役員(コーポレート管掌)、Zホールディングス執行役員、Zホールディングスシニアアドバイザーを経て、2024年4月に独立。企業の人材育成や1on1の導入指導に携わる。立教大学大学院経営学専攻リーダーシップ開発コース客員教授、公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル代表理事。神戸大学MBA、筑波大学大学院教育学専修(カウンセリング専攻)、同大学院体育学研究科(体育方法学)修了。著書に『1on1ミーティング 「対話の質」が組織の強さを決める』(吉澤幸太氏との共著、ダイヤモンド社)、『会社の中はジレンマだらけ 現場マネジャー「決断」のトレーニング』(中原淳・立教大学教授との共著、光文社新書)、『残業の9割はいらない ヤフーが実践する幸せな働き方』(光文社新書)がある。