2020年秋にアメリカで発売されると、たちまちのうちに大ヒットに。世界中で翻訳され、実に600万部を超える大ベストセラーになったのが、『サイコロジー・オブ・マネー』だ。日本では2021年に翻訳刊行され、”一生お金に困らない「富」のマインドセット”というサブタイトルが付けられている。お金との向き合い方についてハッとさせられる、世界が絶賛した20のマインドセットとは?(文/上阪徹、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

サイコロジー・オブ・マネーPhoto: Adobe Stock

バフェット成功を読み解く真の鍵「複利の魔法」

 誰しも資産づくりを成功させたいと思っている。

 では、どうすればうまく資産を築けるのか。リスクとはどう向き合えばいいのか。なぜ投資に失敗する人が出てくるのか。投資で本当にやってはいけないことは何か。貯金をしなければいけない理由とは。お金を持つことで、人が本当に求めていることとは……。

 お金に対するさまざまな思いに対して、鋭い示唆を次々に与えてくれるのが本書だ。

 著者のモーガン・ハウセルは、ベンチャーキャピタルでパートナーを務める金融プロフェッショナルである一方、ウォール・ストリート・ジャーナルなどのメディアに記事を寄稿するコラムニストとしても活躍している。

 そんな著者が、お金と人間の関係についての普遍的な教訓をまとめた本書は、世界中で話題になった。

 なるほど、そうだったのか、こう考えるといいのか、という驚きのエピソードが次々に続いていく。

 第4章では「複利の魔法」がテーマになる。そしてここで登場するのが、アメリカ有数の資産家、ウォーレン・バフェットだ。

 興味深いことを著者は指摘する。バフェットの資産のほとんどは、60代半ば以降に増えたものだというのだ。

 本書の執筆時点で、バフェットの純資産は845億ドル。だが、そのうちの842億ドルは、バフェットが50歳の誕生日を迎えた後に増えたものであり、さらにそのうち815億ドルは、社会保障の受給資格を得た60代半ば以降に増えたものだ。

 バフェットの成功は、投資の才覚で語られることが多い。しかし、これでは重要なポイントを見逃してしまうと著者は記す。バフェットの成功を読み解く真の鍵は、彼が4分の3世紀にわたって、類まれな投資家であり続けたことにある、と。

 その秘密こそ、「複利の魔法」だ。

貯金を20代で始めるか30代で始めるかで人生は変わる

 バフェットが本格的な投資を始めたのは、10歳のとき。30歳の時点で、純資産はすでに100万ドルに達していた。

 もしバフェットが10代や20代は世界を放浪し、30歳時点で純資産2万5000ドルで投資を開始したとしたらどうだったか。現在と同じような驚異的な年間収益率、年22%で投資を続けたとしても、資産は1190万ドルにしかならないという。今は845億ドルなのにである。

つまり、ウォーレン・バフェットの経済的成功の秘密は、若い頃に経済的基盤を築き、長期間にわたって投資し続けたことにある。バフェットの投資の技術は優れている。だが、成功の最大の要因は“時間”だった。これが複利の力だ。(P.79)

 実際、たしかにバフェットは史上もっとも裕福な投資家だが、年平均のリターンで測った場合は、史上もっとも偉大な投資家ではないという。

 ヘッジファンド「ルネッサンス・テクノロジーズ」のジム・サイモンズは1988年以来、年率66%の複利運用を行っているのだという。この記録に匹敵する投資家はいない、と著者は記す。

 しかし、原稿の執筆時点でのサイモンズの純資産は210億ドルで、バフェットの純資産の4分の1だ。サイモンズのほうが優れているのに、なぜこれほどの差がついたか。それは、サイモンズが50歳になってから投資の才能を開花させたからだ。

氷河期はなぜ起こったのか、ウォーレン・バフェットはなぜ巨万の富を築けたのかなど、巨大な変化が起きた理由に注目するとき、私たちは成功の鍵となる大切な要因を見落としてしまいがちだ。複利の力は、なかなか実感しづらいからである。
初めて複利の表を見て、「貯金を20代で始めるか30代で始めるかで、老後の生活の余裕に大きな差が出る」と聞いて、人生が変わったという人は多い。だが実際には、人生が変わったというより、単に驚いたというほうが正確だろう。(P.81)

 複利がもたらす結果の大きさは、直感的に理解しづらいという。人は、何かが急激に成長することを想像するのが苦手だからだ。

「8+8+8+8+8+8+8+8+8」を暗算しろと言われても、それほど困らない。ところが、「8×8×8×8×8×8×8×8×8」となると頭が爆発してしまう。前者の答えは72、後者の答えは1億3421万7728である。

 これは、ただ積み上げていくだけのやり方と、複利で大きく増やしていくやり方との違いを説明したもの、とも言えるかもしれない。

複利が最大の効果を発揮する投資の方法

 人はそもそも、何かが急激に成長することに慣れるのが難しい。賢い人でも、その力を見落としてしまうことがあるという。

私たちは複利の計算を直感的に理解できない。そのため複利が持つ可能性を無視して、他の方法で問題を解決しようとしてしまう。これは危険なことだ。深く考えようとせず、複利の可能性をすぐに切り捨ててしまう。(P.83-84)

 その複利効果を手に入れるためにも必要なことは、1日も早く資産づくりをスタートさせることだと気づけるだろう。それは、長い期間の運用を可能にする。長い期間の運用こそが、複利の効果を上げてくれるのだ。しかし、案外このことが指摘されていないと著者は記す。

バフェットの成功を取り上げた約2000冊の書物のなかに、「この人物は4分の3世紀にわたって一貫して投資を続けてきた」というタイトルのものはない。だが、それこそがバフェットの成功の秘密を解く鍵なのだ。にもかかわらず、誰もそのことに目を向けようとしない。(P.84)

 複利のもたらす効果を直感的に理解するのはとてつもなく難しい。だから、多くの人がそのことを見逃しているのだと指摘する。そして、投資で何をすべきかについても、著者はアドバイスする。

景気循環やトレーディング戦略、産業分析に関する本は無数にある。だが、投資に関する最強かつ最重要のアドバイスが書かれた本のタイトルは、『黙ってじっと待て』であるべきだ。この本の中身は、長期的な経済成長を示すチャートが1ページにまとめられているだけである。(P.84)

 多くの人が、巨額の投資リターンに期待する。直感的には、それがお金持ちになる一番の近道のように見えるからだろう。しかし、良い投資とは、必ずしも巨額のリターンを得ることではない、と著者は説く。巨額のリターンはたいてい、一度限りのもので、二度と得られないから。

 それよりも、そこそこのリターンを繰り返し何度も手に入れること。それが良い投資だという。なぜなら、このとき、複利は最大の効果を発揮するから。

 複利の力を知り、「黙ってじっと待て」を実践する。そんな投資がある。

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『彼らが成功する前に大切にしていたこと』(ダイヤモンド社)、『ブランディングという力 パナソニックななぜ認知度をV字回復できたのか』(プレジデント社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。