苦境や困難に直面したとき、すぐに悩んでしまう「不幸体質」の人がいる一方で、「絶対に悩まない人」もいます。そんな「悩まない人」になるための考え方を教えてくれるのが、書籍『不自由から学べること ―思いどおりにいかない人生がスッとラクになる33の考え方』です。12歳からの6年間を「修道院」で過ごした著者が、あらゆることが禁止された暮らしで身につけた「しんどい現実に悩まなくなる33の考え方」を紹介しています。
この記事では、本書の著者である川原マリアさんと、もともと親交があり、『感性のある人が習慣にしていること』などの著書を持つアーティストのSHOWKOさんに「不自由の楽しみ方」をテーマにお話しいただいた内容を紹介します(ダイヤモンド社書籍編集局)。

「自分を手放す」という習慣について
SHOWKO 川原さんのご著書『不自由から学べること』を拝読しました。
その中で語られている「滅私」や「無心」といった、自我を離れて他者のために尽くす生き方に深い感銘を受けました。ただ、実際の暮らしの中でそれを実践するのは、決して簡単なことではないと感じます。川原さんご自身は、そうした在り方を保つために、日々どのようなことを意識されているのでしょうか?

川原マリア(以下、川原) おっしゃる通りで、理想としての美しさはあっても、現実にはなかなか難しいものだと私自身も感じています。
本を読んでいただければわかるように、私は決して熱心な信徒というわけではありませんし、日々完璧に実践できているわけでもありません。それでも、信仰心の深かった母から学んだことが、今も私の生活の軸になっています。そのひとつが、「日常の行動を祈りに変える」という姿勢です。
祈るといっても、「何かを願う」よりも、「自分を見つめ直す」ことに近い感覚です。
たとえば、お茶碗を洗っているときに、「あのとき自分は少し言いすぎたかもしれない」「こうすればもっと家族が幸せになったかも」など、そんなことを静かに思い返しながら手を動かしています。
モヤモヤする感情を「空に上げる」
SHOWKO それは、仏教でいう「瞑想」にも通じる感覚ですね。
川原 たしかに、近い部分があると思います。
本にも記したように、ルーティーンの中では自然と無心になれる時間があります。その静けさの中で、自分の中のざわつきや違和感と向き合っていく。つまり「祈る」とは、心の中での対話、自問自答のようなものなのかもしれません。
そうしていると、「あの人が悪い」「私は間違っていない」といった感情が少しずつほどけていき、いつの間にか物事を俯瞰できるようになる。そして、たとえ明確な答えが見つからなくても、そのモヤモヤを言葉にして「空に上げる」ような感覚で手放していくんです。
SHOWKO 「手放す」という行為自体が、祈りに近いのかもしれませんね。
川原 ええ、少しスピリチュアルに聞こえるかもしれませんが、私にとってはそのイメージがとても助けになっています。
「滅私」という言葉には、自分を押し殺すような印象があるかもしれません。でも、私が思う滅私とは、「自分の感情や欲にとらわれすぎず、もっと広い視野で、全体の幸福を考える」という姿勢なんです。
だから、祈ることで「これはもう私の手には負えません」と、神様にゆだねる。悩みをそのまま“放っておく”ことで、心が軽くなることもあるんです。
「自我」を吐き出して、置いておく
SHOWKO 仏教にも似た考え方があります。
禅宗では、「私は悟った」と言葉にした瞬間、それは迷いの始まりであると言われます。物事は、それを認識した瞬間に、逆にその認識に縛られてしまう。だから、あえて答えを求めず、言葉にせず、一度そっと脇に置く。それがとても大切な態度として教えられています。
川原 それは本当に、私が感じていたことと通じます。
私は信仰を持っている人間ですが、特定の宗教を持たない方でも、同じような“祈り”は可能だと思っています。たとえば、天国にいる家族や、大切な友人に語りかけるような気持ちで、「ちょっと聞いてよ」と愚痴をこぼす。それだけで、気持ちが整理されていくこともあります。
心の中で誰かと語らうように、自分の思いをそっと外に出す。それも、祈りのかたちだと思います。
SHOWKO まさに、そうした“心の会話”を持つ時間こそが大切なのかもしれませんね。
相手が実在しているかどうかは関係ない。言葉にならない思いを安心して吐き出せる場所や時間といった「よりどころ」を、自分なりに持っておく。それが、日々の不自由をやわらげ、明日を生きる力につながっていくのだと思います。
(本稿は、書籍『不自由から学べること』著者による対談記事です。書籍では「不自由な現実に悩まないための考え方」を多数紹介しています)
陶芸家。アーティスト
京都にて330年の歴史のある茶道具の窯元「真葛焼」に生まれ、茶道をはじめとした日本文化が日常にある家庭で育つ。2002年より佐賀県武雄の草場一寿氏の元で修行の後、2005年に京都に戻り、自身の工房をスタート。何度も塗り、焼き重ねることによって立体感と透明度の増す独自の技法で陶板画制作をはじめる。2009年にブランド「SIONE(シオネ)」を立ち上げ、全国で多数の企画展を開催し、2011年より海外で展開。ミラノサローネに出展後、ヨーロッパでの展示会を多数開催。その後、アジア各国にて展覧会、茶会を開催し、アートワークや器を通して日本文化を伝える。2016年には銀閣寺近くの旅館をリノベーションし、工房兼ショップをスタート。その後、2019年、京都に新しくできたアートホテルの2部屋を制作するなど、本格的にアートワークの制作に力を入れる。2025年、工藝の精神性にねざした宿「うたひ」を開業し、工藝家の新しい役割を提案している。