世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です。

あまりの過酷さに絶句した
知り合いの飲み会で出会った50代・Sさんとの会話。
「お仕事は何をされてるんですか?」
ぼくが何気なくたずねるとSさんは沢口靖子さんのようにハキハキした弾んだ声で答えた。
「整体鍼灸師をしているの」
「お仕事、楽しいですか?」
「うーん。新しい人はすぐ辞めるかな」
「辞めてしまう?」
「今年も2人辞めたし、1年で辞める人が多いかな」
「3年くらいはがんばれそうですが…」
手に職をつけるなら3年は我慢しないと。
「やっぱり激務なのかも」
「どれくらい働くんですか?」
「夜の11時くらいまで」
「11時…めっちゃ遅いですね」
「2人辞めた後、人の補充がなくて」
「新規の募集はしないんですか?」
「社長は『採用が大変だ』って言ってる」
ぼくは不思議だった。
すさまじく大変な環境なのにSさんはなぜか楽しそうに話すのだ。
「社長、いい人だけど頼りなくて。私がやらないと回らないの」
「…ぼくならその環境は続けられないです」
ぼくの言葉にSさんは少し困った表情をする。
「社長は私が一文無しのころに採用してくれて…恩もあって辞めにくいの」
「恩ですか…」
「でも忙しいのに介護の新規事業を立ち上げちゃったり…そっちも私がフォローしてる」
ふと気になったことを聞いてみる。
「あの…残業代は出るんですか?」
「残業代なし。私は管理者だから」
「え…11時まで働いて残業代は0…」
「だから交渉してお手当を3万円もらえるようになったの」
Sさんはドヤ顔をしているけど、3万円では割が合わない。
「…体はキツくないですか?」
「今のところはね。でも50代だし生活は変えたいわね。あなたは忙しくないの?」
「転職してからほぼ残業はしません。でも以前は月80時間くらい残業してました」
少しでも違和感に気づいてくれれば…
そんな想いを込めつつ自分の境遇をポツリと語る。
「うらやましいわ。ウチも採用をかけているし新規事業はやめるみたいだから来年は楽になるかな」
「環境が変わるといいですね」
ようやくまともな話が出てホッとする。
「でも新規事業のクローズも私がやるからやっぱり大変かも」
「やっぱり無理がある気が…」
「でもまあ社長はいい人だし。こうして無理をすれば有休も取れるし」
「…はい」
「本当は副業もしたいし環境を変えたいんだけど。働き方って変えられないね」
“やりがい搾取”という言葉が頭をよぎった。
Sさんは優しく賢い人だった。
それでもぼくの言葉がスッと流されてしまう。
人はブラックな環境に慣れてしまう
自分では異常に気づけないのだ
もし“おかしい”とアラームが上がったら自分の状況を振り返ってほしい。
心と体が壊れたら元に戻らない。無理は禁物。
働く場所はいくらでもある時代だから。
飲み会の途中で。
余った料理をさらえていると「無理しなくても」とSさんからたしなめられた。
“お残しは許しまへんで”
おばあちゃんの教えが脳裏にこだまする。
「大丈夫です!」
パンパンになるまで料理をお腹に詰め込んだ。
モッタイナイ
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です。