世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です。

「不合格」通知
「不合格」
机の上の紙切れに残酷な3文字が躍っている。
管理職になる試験にぼくは落ちてしまった。
呆然としながらも…試験のことを思い出す。
(あそこさえ失敗しなければ…)
ギリッ…
くちびるを噛み締めるも…すべてはあとの祭りだった。
話は3ヶ月前にさかのぼる。
社内の研修施設にて。
会議室に入ると…空気がピリついている。
30代から40代の脂の乗ったメンバーが試験を受けるために集まっていた。
(20名はいるな…)
通過率は10%。ピリつくのも無理はない。
10分後。
試験官が部屋に入りぼくらに告げた。
「では始めます」
試験の内容は4つに分かれていた。
①インバスケット試験
②部下との模擬面接
③グループ討論
④プレゼンテーション
この総合で結果が決まるのだ。
営業のぼくは②③④には割と自信がある。
ただ1つ。事前に上司から注意された。
「インバスケットには気を付けろ」
「どんな試験なんですか?」
「一言で言うと“無理ゲー”だ」
「“無理ゲー”?」
「制限時間の中で普通ならこなせない量の質問が出てくるんだ」
「はい…」
「完璧を目指すなよ。とにかくすべて回答しろ」
「わかりました」
とはいえ…問題集も買って対策もした。
(なんとかなるさ)
テスト用紙が配られ試験官がぼくらに告げる。
「始めてください」
制限時間は30分。
紙をめくると…突っ込みどころ満載の内容がズラリと並んでいた。
【前提】
あなたは海外出張に行く直前です。電波が悪い地域に行くのでしばらくパソコンも携帯も使えません。フライトは30分後。メールで指示を出してください。
(質問1)
技術部からのメール。
「来週、テレビで紹介する新商品に深刻な不具合が見つかりました。どうしたらいいでしょうか?」
(自分で考えろよ!)
(質問2)
部下からのメール。
「50,000円の研修を受けたいです。予算は取っていません。期限は3日後なのですが、きっと役に立つので申し込んで良いですよね?」
(知らんがな!)
胸の中で突っ込みつつも…ぼくは指示を書き始めた。
「その件はAさんに確認を! 部長にも連絡を入れて」
「庶務さんに予算が余っているか確認して!」
(この書き方は変えた方が…)
(さっきの回答はマズいかな)
細かいことが気になって時間だけが過ぎてゆく。
ピピー。
「終了です」
試験が終わったとき。
なんと…ぼくは20問中12問しか解けていなかった。
(やってしまった…)
気を取り直して他の試験をがんばるけれど…後悔で集中できない。
そして3ヶ月後。手元に「不合格」の通知が届く。
最後にちゃんと理由が書いてあった。
「いくら丁寧な回答でも20問中12問ではダメ」
わかっていながらも…やっぱり凹んだ。
上司にも結果は知らされていて、ぼくは会議室に呼び出された。
「難しかったか?」
「はい…インバスケット試験でつまずきました」
上司はため息をついた。
「言うか言わないか迷ったけど…残業が多い奴ほどインバスケットは苦手な印象があるんだ」
「…え?」
確かにぼくは…遅くまで働いていた。
でもどうして…
「普段から仕事に時間をかけていると…急に試験でペースを上げるのは難しいのかもな」
グサッときた。
20代からの時間に甘えた働き方のツケが、こんなところで現れるとは…
上司の言葉が胸に刺さりつつも甘い考えが頭をよぎる。
(あと少しだったんじゃないか?)
インバスケット試験を除けば手応えはあった。
(さらに経験を積めば…きっといける)
ぼくは働き方を変えずにズルズルと残業を続け、4年後にハッキリと行き詰まった。
そしてアラフォーで転職を決意する。
(このままじゃダメだ)
同じスタイルで働き続けて行き詰まりを感じたのだ。
そして転職してから1年半が経ち、しみじみ感じることがある。
人が変わる方法は3つだけ
「時間配分を変える」
「住む場所を変える」
「付き合う人を変える」
(大前研一さん)
(変わったな)
試験後の4年間と転職してからの1年半を比べると、ちょびっと自分でも体感できる。
年収や役職は落ちてしまい苦しいこともあるけれど。
“時間を大切にしよう”
染みついた甘えがサッパリ洗い流された。
今は土日の朝も早起きをしてコツコツがんばっている。
時間を大事にすればアラフォーからでも変われると信じて。
そんな休日の朝。
作業を止めてふと本棚に目をやると…
大好きな『鬼滅の刃』がズラリと並ぶ。
でも…朝の散歩に行く時間だ。
(時間を大切に…)
こころの中でつぶやきつつ…
大好きな17巻にそっと手を伸ばした。
チョットクライイイヨネ
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です。