世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)

マジメな人ほど働き過ぎて、こころの臨界点を超えてしまうイラスト:もっちゃん

限界を超える前に休む勇気を

「…ちょっといい?」
午後3時。オフィス。

リーダーのTさんから会議室へ呼び出された。
「あの…体調は大丈夫?」

Tさんは心配そうに…
ぼくの顔を覗き込んでくる。

「…はい」
「それなら良いんだけど…ここのところ元気がない気がして」

風邪も引いていないし…
自分では気になるところはない。

「ほら、ここ半年…かなり忙しかったでしょ?」

さっと記憶が脳裏をよぎる。
気合いを入れて売り込んだ新商品で大トラブルが勃発した。

「何を悠長なことを言ってるんだ!」
「100%、大丈夫なのですか?」

顧客から毎日のようにガン詰めされる。
3ヵ月のあいだ月140時間を超える残業と…
強烈なストレスにさらされた。

思い出すだけで…胃がキリキリする。
とはいえ…対応は一段落して今は落ち着いている。
“すべてが元に戻った”と思っていた。

「他のみんなも“笑顔がない”って心配していたから」
「え…?」

言葉に詰まる。
そこまで心配されているとは…気づいていなかった。

「ちょっと数日休んだら?」
「でも仕事が…」
「今は落ち着いているでしょ?」

…言われるとなんとなく体に力が入らない。
(うつの前兆じゃないか…?)
自分でも怖くなってきた。

Tさんの勧めもあり3日間、有休を取ることにする。

それでも…
社畜気質なぼくは仕事が気になってしょうがない。
“…また緊急の案件が来るかも”

さんざん迷った末に...
会社のパソコンは置いていくことにした。

“仕事から離れろ”
こころの声に素直に従う。携帯があれば十分だろう。

“どうせなら遠くに行きたいな”
四国まで行くことにした。10時間のドライブだ。

(しまなみ海道を通ってみよう)
一度は行ってみたい場所だった。

瀬戸内海をながめていると…
会社の携帯を重たく感じる。
…ソッと電源をオフにした。

初日は愛媛にいた父を訪ねる。

「遠くからよく来たなぁ」
鯛めしを食べて松山を観光する。
夜は温泉宿で酒を酌み交わしながら話を聞いてもらった。

「大変だったな…」
説教くさくない父の存在がありがたかった。

翌日は香川で友人に会った。
「5年ぶりだな!」

一緒に讃岐うどんを食べてこんぴらさんにお参りをする。

「おれ、主任になってさ。仕事が楽しいんだ」
笑顔で近況を話す友人を見て…
半年前の自分と重ねてしまった。

翌日は1人で高知へ向かう。
カツオのたたきを食べてから有名な桂浜の海辺を訪ねた。
平日の海辺は人もまばらだ。

ザパーン…ザパーン…
砂浜で3時間、読書をする。
…澱んでいた何かが流されていった。

(…帰ろう)
こころの充電は終わった。

そして翌週。久しぶりに会社にいくと、驚いたことに同僚がフォローしてくれて仕事は溜まっていなかった。

「お帰り!」
「楽しかった?」
みんなが声をかけてくる。

「…はい!」
自分ががんばらないとダメだ。
ずっと思い込んでいたけど...少しだけ、肩の力が抜けた。

これはぼくがアラサーのときの話。
マジメな人ほど働き過ぎて、こころの臨界点を超えてしまう。

限界を超える前に休む勇気を

自分がいなくても案外と職場は回るもの。
このときから気を付けている。

ただ…1つだけ。
家に帰って体重計にのると体重が○kgも増えていた。
心と一緒にカロリーまで充電しすぎたらしい。

プニプニしたお腹を触ってちょっと後悔した。

(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)