夏目漱石の『夢十夜』は、夢の中の話で、現実に起きたことではありませんが、「女は長い髪を枕に敷いて、輪廓の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い」という文章からは、風雅で幻想的な空気感が伝わってきます。そのようなときに人は映像を頭に描き、脳の中で「見て」いますし、声も想像して「聞いて」いるのです。
文章を映像化すると記憶に残りやすく、人物像がよりリアルに感じられるため、登場人物の心情もより深く理解できるのです。
一般に、活字中毒といわれるような人は、文字のほうが情報を得やすいのでしょうが、反対に文字が苦手で映像でしか頭に入ってこないという人も見かけます。「右脳は直感、左脳は言語。脳は右と左でまったく違う働きをしている」という説をよく耳にしますが、脳科学研究の第一人者である東北大学の川島隆太教授によると、最近の研究ではそうではないことがわかってきたそうです。
健康な人の脳は
左右が協力し合う
右脳と左脳の間には情報を交換し合う組織があるそうなのですが、脳の病気の手術の際にこの組織を切ることがあります。そのような特殊な状況になったときにのみ、右脳と左脳が別々に働く、すなわち左脳が言葉の情報に長け、右脳が図形の情報を扱うのに長け……という状態になるといいます。
一般の健康な脳であれば、右も左も脳は一緒に働き、言葉も図形も両方の脳が働いて認識しているのだと川島先生は仰っています。
したがって、ここでは「左脳と右脳」説を根拠としてこのトレーニング法を論じることは避けますが、いずれにしても「絵→文章化する」「文章→図化する」といった練習を交互に行なうのは、思考を鍛えていくためにおすすめできる方法です。
「文章を絵にする」練習は、絵が苦手な人であっても取り組んでみることが大切です。ここでのポイントは絵の描写力ではなく、文字情報から何を発見できるかです。もし、絵を描くのが不得手でどうしても面倒であれば、シンプルな「図版」にするのでも構いません。