高校野球で
ピッチャーだった久郷君

「軟式ですよね、そのグローブ。外野用です」

「これ、外野用なの?」

「そうですよ。外野はフライをしっかりとキャッチするために少し大きいんです。内野はゴロを捕ってすぐに投げやすいよう、小さくできてます」

 弟さんはグローブのウンチクを話しながら、キャッチボールを始めた。

「へえ、詳しいんですね」

「私のはピッチャー用です。ほら、この網みたいなところ、ウェブっていうんですけど、皮で閉じてますよね。ボールの握りを見られないようにしてるんですよ」

「そうなんだ。よくご存じですね」

「こう見えて、高校野球のピッチャーでした。自慢できるようなもんじゃなかったですけどね」

 なるほど。キャッチボールで受けた弟さんからの球は、全てが正確に私の胸元へ投げ込まれた。ズバズバと威力のある球は、グローブをはめていても指先までじんじんと響く。

「今も野球を続けているんですか?」

「高校野球の指導者になるため教職とかも取ってたんですけど、結局は家業を継ぎました。頑張れば頑張っただけ裕福になれるかと頑張ったんですが、現実はそうはいかないですね」

「どちらも大変なんですね。そうそう、変化球、投げられますか?」

「えっ?危ないですよ」

「大丈夫、大丈夫。見ての通り、車ないし」

「じゃあ、カーブ行きますよ。落ちるんで、グローブはすくい上げる感じで上に向けてください。ああ、もうちょっと。そうです。右膝あたりに落としますから、そのまま動かさないでくださいね」

互いの息子たちが
叶えた甲子園の夢

 弟さんが投げた球は、驚くほど速い。しかも、右打者の頭を目がけて飛んできた。私は慌ててグローブをずらすと、

「ダメ!動かしちゃ!」

 弟さんの大声が聞こえた時には、すでにボールの軌道が変わり、弧を描いて私の膝に直撃した。

「痛ってえ!」

「ダメですよ、カーブなんだから。大丈夫ですか?」

「びっくりした!あんなに曲がるんですね。野球やってた人、やっぱりすごいなあ」

「そんな、大したことないですよ」

「いやいや。あんなの投げられたら、絶対打てませんよ。『カーブを狙って打った』とかたまに聞くけど、無理だよなあ」

 しばらくキャッチボールを続けていると、静かな社宅にグローブの音が響き渡るのを聞きつけて、互いの息子たちが集まってきた。

「お父さん、ずるいよ。ここで野球やっちゃダメだって言ってたぞ!」

「いいんだよ、今日は。誰もいないだろ」

「僕たちも入れてよ」

「弟さん、うちの子に野球を教えてくれませんか。やったことないんですよ」

「いいですよ。よかったら、うちの息子が入っている少年野球チームに入りませんか?毎週の土日に小学校のグラウンドで練習していて、行ける時は自分もコーチやってます。そんなに強くはないですが、お子さんはきっと喜んでくれると思います」

「やりたい、やりたい!」

「実は低学年チームの人数が足りなくて。本当のところ入ってほしいんです」