少年野球写真はイメージです Photo:PIXTA

ガラ空きの社宅駐車場で
始まったキャッチボール

 先月は、5月の大型連休だった。そこで、思い出したことがある。

 新卒で大阪の吹田支店に配属され、その後いくつかの支店に異動し、30代で愛知県の豊橋駅前支店に着任した。経験を重ね、営業成績もかなり伸び始めた頃だった。私は、支店から電車で20分ほどかかる場所にある社宅に住んでいた。そこには、豊橋駅前支店だけではなく、通勤圏内にある各支店に勤務する行員と、その家族が住んでいた。

 銀行そのものが営業していないので、5月の大型連休と年末年始は気兼ねなく休めた。結婚してから社宅住まいが長かったこともあり、社宅特有の鬱陶しさに辟易していたが、ゴールデンウィークになると、ほとんどの子育て世帯が一気に外出してしまう。

 普段の週末は子どもたちの声がBGMのような社宅だが、どの世帯も外出している連休中は静まり返り、いつになく落ち着くものだった。そして、駐車場はガラ空きだ。いつもは隣の高そうな外車に傷をつけないよう、ドアの開け閉めに気を使っていたが、気兼ねなく全開で開けっ放しにしておける。

 こういう時こそ、思いつくのは洗車だ。いつもはガソリンスタンドを利用しているが、そこで支払う小銭を浮かすことができるし、運動不足解消にも都合がいい。ゴミ置き場の水道でバケツに水を入れていると、背後から突然声をかけられた。

「洗車ですか?…突然失礼しました。兄がお世話になっております。久郷の弟です」

 声の主は、同僚・久郷君の弟さんだった。

「どこ行っても高いじゃないですか。こういう時は、うちから近いので、息子と一緒に兄の社宅によく来るんです」

「うちも社宅でのんびりですよ。しっかり寝溜めしなきゃ。さっき起きたら昼だったし」

「子どもたち呼んでキャッチボールやりません?こんなに車がない駐車場なんか、滅多にないですよ」

「えっ?キャッチボールですか?」

 当時は春から夏にかけて支店対抗野球大会があったため、どこの世帯でも社宅の物置に野球道具があったのだ。