大事な人を守るために
「立派にご奉公する」と言ってしまう嵩

 柳井家でも女中のしん(瞳水ひまり)が「お国のために立派なご奉公を」と言い、みんな同じことばかり言うと嵩はうなだれる。でも千代子(戸田菜穂)は口を閉ざす。彼女は「大丈夫やろうか」と心配し、きっと天国で寛(竹野内豊)が見守ってくれるとだけ言う。

 嵩の出征の日。のぶは学校にいたが、いても立ってもいられず、嵩の元へ走る。

 見送りの場では、千代子(戸田菜穂)が泣いてしまい、民江(池津祥子)に責められていた。「最後に」「未練が残らないように」と戦死前提である。「立派に」「お国のために」と絞り出そうとしているところへのぶが飛び込んでくる。

 だが、彼女が何か言う前に、登美子が颯爽と現れて場をかっさらう(言い方)。

「絶対に帰ってきなさい」
「逃げ回ってもいいから ひきょうだと思われてもいい何をしてもいいから生きて 生きて帰ってきなさい」

 まるで加川良のフォークソング「教訓1」の歌詞のようなことを言う登美子に、民江が「それでも帝国軍人の母親ですか」と叱る。傍らで千代子はただただ泣いている。けっこうな修羅場である。

 登美子は怯まず、「死んだらだめよ」と続ける。

 完全に主役のような登美子に憲兵が「反戦主義者か」「非国民」と詰め寄った。

 そこでやっとのぶの出番である。

 お国を思う気持ちは同じだが母親なら「生きてもんてきてほしい」と思う気持ちは同じだと主張するのぶ。そして、お母さんのために「生きてもんてき!」とやっと言えた。「死んだら承知せんき!」と。

 これを蘭子(河合優実)に聞かせてあげたかった。ここにはいない。郵便局で働いているのだろう。

 のぶたちは危うく憲兵に連行されそうになる。自分のために大事な人たちが危うい状況に陥っている。この場を収めようと嵩は言いたくもない言葉を言う。

「母が…取り乱して失礼いたしました。立派にご奉公してまいります!行ってまいります」

 みんなが言っている「ご奉公」を嵩も使ってしまうのだ(ただ「お国のため」とは言っていない)。切ない。無理して微笑んだ先には、のぶの苦しそうな泣き笑いの顔がある(今田美桜のこの表情がいい)。

 この流れは、どんなに戦争が嫌だと主張を持っていても、その主張を引っ込めないといけない局面があることを痛感した。大事な人のためなら「立派にご奉公してきます」と言ってしまうのだ。このシーンで愛情とはかくも麗しいと思う人もいるだろう。だが、そういう情につけ入れられてしまうから権力とはまったく厄介であるという考え方もある。

「逃げ回ってもいい、ひきょうだと思われてもいい」→戦時下に駆けつけた登美子(松嶋菜々子)が息子に託した、“らしくない”禁句〈吉田鋼太郎コメント付き〉【あんぱん第50回レビュー】