事業部長クラスの社員を集めて、DXの課題を全社横断で共有できる場もつくった。同じ悩みを抱える部署が社内に存在すると知り、自発的に連携して課題解決に取り組む部署も現れた。DXをきっかけに事業部単位のコミュニケーションが深まり、会社全体で課題解決に取り組む良い循環もできたという。

 試行錯誤の末に整えられた研修プログラムがヤマハ発動機の「データ分析の民主化」を後押しし、デジタル戦略部の現場への根気強いアプローチが現場駆動型のDXの定着を促したことは間違いないだろう。しかし、自発的な研修参加や課題解決、組織を横断してのDX推進は、ヤマハ発動機にそもそも備わっていた企業文化や風土によるところも大きいようだ。

 新庄部長は「ヤマハ発動機には元々、現場主体でプロジェクトを動かしていく社風がある。上からの指示を受けて動くだけでなく、自発的に考えて創意工夫していく文化も、“ヤマハらしさ”だと思う」と話す。経営陣が、さまざまな取り組みが本格化する19年以前から、DXに強い問題意識を持っていたことも追い風になったという。

生成AI活用にも社員が自発的に取り組む

 急速に発展する生成AIの活用についてはどうか。「当社には直感的な人材が多いので、対話を通じて問題解決ができる生成AIとの親和性は非常に高いと思う」と新庄部長。しかし、生成AI活用のリスク面も慎重に検討する必要があり、法務部門と連携しながら、活用方法を検討している。

 すでに始まっている事例もある。社内データをRAG型生成AIに読み込ませ、チャットボットのごとく機能するマイクロアプリを作れるプラットフォームをデジタル戦略部のスタッフが構築した。これを社内業務システムと連携させ、使い方を社員に周知したところ、各部門で独自に使いこなす社員が出てきた。マイクロソフトの生成AI「Copilot(コパイロット)」の社内講習会が開催された際には、1000人を超える参加希望者が集まった。

「データ分析の民主化」で現場の課題を社員自身が解決。ヤマハ発動機の現場駆動型DX

 DXの成果は、製造現場の不良率改善や、開発部門の試作コスト削減、マーケティングにおけるROI(投資利益率)向上などにおいて、すでに表れはじめている。しかし、『感動創造企業』を掲げるヤマハ発動機として、デジタルによって「顧客体験」「感動創造」をさらに高めていくという本来の目的については、まだこれからだという。新庄部長は「DXの“土台構築フェーズ”は終えた。今後はデジタルとリアルの総合戦で顧客価値を高める“実践フェーズ”に入っていく」と強調する。

 新庄部長は「日本企業のDXは世界に比べて後れを取っているといわれることがあるが、そうは思わない。自分たちのDXのやり方、あるいは進捗を他と比較する必要はないからだ。ヤマハ発動機には独自に培ってきた豊かな経験がある。これからも自信を持って、現場の力を最大限に引き出すDXを進めたい」と今後に向けた意気込みを語った。