ダイソンのヘアドライヤーを見よ!
ビジネス×デザインで、イノベーションを誘発する
――ビジネスとデザインをより強く結び合わせていくイメージですね。
そうすることで、私はどんな成熟市場にもイノベーションは起こせると思っています。例えば、ダイソンがヘアドライヤー<スーパーソニック>を発売した16年、ヘアドライヤー市場は成熟し切っていて「3980円以上のものは売れない」と言われていました。しかしダイソンは、その10倍以上の値段で参入して成功しています。テクノロジーもさることながら、それを可視化したデザインそのものがイノベーションでした。
破壊的イノベーションには、既成事実にとらわれない「常識を破壊する目」が必要です。ここでデザイナーが活躍できる。ただし、常識を破壊するためには知識の掛け合わせが不可欠ですから、学生にも複数の専攻を持つ、いわゆるダブルメジャーを勧めています。デザイン以外の得意技を身に付けましょうということです。もし、レストランの料理人として働いていた経験のあるデザイナーにフライパンのデザイン依頼が来たら、通常のデザイナーよりいいフライパンができるでしょう。私たちデザイナーは、「デザイン×〇〇」が必要なんです。
――村田さん自身も応用物理学科のご出身ですよね。
まさにそこが私の強みです。そういう意味では、以前、美大でデザイン専攻の学生を教えていたとき、強い危機感を覚えました。60人の学生に課題を出しても、せいぜい15通りぐらいしかアイデアが出てこない。考えてみると、ほとんどの学生が大学の最寄り駅周辺に住んでいて、同じ学食で同じカレーを食べて、同じコンビニで買い物をしている。同じ経験しかしていなければ、思考が似てきて当然です。
私が教壇に立つ大阪公立大学の大学院では、イノベーションアカデミーセンターという学部横断領域の講座を持っていて、工学、法学、理学、社会学、経済学など、専攻が混在したチームで、デザイン思考を使った社会課題解決のプロジェクトに取り組んでいます。例えば、「電気も上下水道も通っていない国立公園の森の中にホテルを造る」というテーマなら、法律関係は法学部、インフラ関係は工学部……というように専門性を生かしてリサーチをかけ、成果を持ち寄って実装可能なプランをまとめるのです。
チームにデザイナーはいませんが、各領域の成果を合わせてAI(人工知能)でコマンドしたらホテルのデザインまでできてしまう。逆にいうと、私たちデザイナーが視野を広げて、法律なり経営なりダブルメジャー、トリプルメジャーの目線でやっていかないと存在意義がなくなるし、そういう場をつなぎ合わせることそのものがデザインの役割になっています。
――企業やビジネスパーソンには、デザインをどのように活用することを期待しますか。
デザイナーの持つ「ビジュアル化」の力を、さまざまな場面で活用してほしいですね。言葉のレベルでは「そうそう!」と理解し合えていたことも、いざ絵にしてみると、お互いに思っていたことが全然違った、ということがよくあるでしょう。ビジュアル化すれば解像度が一気に上がる。もっというと、ビジュアル化によって「自分ごと」として疑似体験できるようになるのです。そうすることで、実現する前に課題も見えてくるし、見えてきた課題をチームで共有することもできる。これが開発を後戻りさせない大きなリスクヘッジになると考えています。
人間って、基本的に自分とは関係のないものに興味を持ちません。でも、デザインを駆使して「疑似体験をリアライズ」すれば多くの人を巻き込める。イーロン・マスクがやっているのもまさにそれで、彼のプレゼンテーションは未来の疑似体験です。まだ現実にないものを、あたかも実在するかのように見せることで、未来への期待が高まり、資金が集まり、腰の重いCEOも動かせる。JIDAとしてもデザイン業界のキャパシティーを高め、こうした活動ができる場面をどんどん増やしていきたいと思っています。

大阪市立大学工学部応用物理学科卒。三洋電機デザインセンター退社後、1986年ハーズ実験デザイン研究所を設立。現在はデザイン思考から企画デザイン開発をサポートするデザインシンクタンクとして活動。「デザイン思考」の実践的なメソッドとして「行為のデザイン思考法」のSSFB法や「感性価値ヘキサゴングラフ」などを提唱している。
Gマーク金賞、DFAグランプリ、RED DOT BEST OF BEST、ジャーマンデザインアワードWINNER賞、iF DESIGN AWARD GOLDなど国内外のデザインアワードで219点を受賞。またオムロンの血圧計「スポットアーム」やMicrosoft「Xbox360」の実績が評価され、Newsweekの「世界が注目する日本の中小企業100社」に選定される。
コンソーシアムブランド「METAPHYS」では、技術のデザイン化から販売までを実践している。また、経産省・中小企業基盤整備機構の「感性価値創造ミュージアム」や東京都美術館の新伝統工芸プロデュース事業「TOKYO CRAFTS & DESIGN」、越前打ち刃物コンソーシアム「iiza」など、伝統工芸や地域振興にも多く携わる。「ソーシャルデザイン」という言葉を生み出しその啓蒙に努めている。2024年7月、CJIDCの協力で蘇州市に「行為のデザイン博物館」が常設開設された。著書に『ソーシャルデザインの教科書』、『問題解決に効く行為のデザイン思考法』、『感性ポテンシャル思考法』などがある。