「デザイン白書2024」から読み解く、デザインのビジネスへの活かし方alphaspirit / PIXTA

2024年6月、日本デザイン振興会(JDP)から「デザイン白書2024」が発行された。世界、地域、企業、行政、文化の5領域で、120を超えるデザインの取り組み事例が収録されたこの白書は、いわば「デザインの拡張」の全体像を俯瞰できる見取り図だ。デザインをビジネスに生かそうと考えている経営者やビジネスパーソンは、ここから何を学ぶべきだろうか。武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科教授であり、ビジネスデザイナーの岩嵜博論(いわさき・ひろのり)氏が、注目事例をピックアップしながらナビゲートする。

造形だけでなく構想まで──デザインの多様化と進化を読む

 ロゴや広告などのビジュアルを扱うグラフィックデザインや、製品の形状や機能を担う工業デザインだけでなく、豊かな体験を創出するサービスデザイン、さらには経営戦略や組織変革まで──。ビジネスにおいてデザインが関与する領域が急速に広がっています。

 その全体像は、専門的な分野における造形を中心とした「狭義のデザイン」と、各分野の専門性を横断的につないで、より大きな構想を実現しようとする「広義のデザイン」と表現することもできます。ただし、両者は別々のものではなく、同じ概念でつながっています。

「デザイン白書2024」から読み解く、デザインのビジネスへの活かし方『デザインとビジネス 創造性を仕事に活かすためのブックガイド』(岩嵜博論著、日経BP)p28より

「デザイン白書」には、これら全てをカバーする豊富な事例が収録されています。世界、地域、企業、行政、文化の5部構成になっていて、全体を通して眺めるだけでも、デザイン活用の「多様化と幅」が概観できますし、個々の事例を掘り下げれば各領域における進化も読み取れます。経営者やビジネスパーソンが自社に応用するヒントを探すなら、第3部の「企業×デザイン」、第4部の「行政×デザイン」を中心に目を通していただくといいでしょう。本稿では特に、伝統的な日本企業における先進的な取り組みに着目して、幾つか事例を取り上げたいと思います。

 プロダクトデザインの分野で注目すべきは富士フイルムです(白書194ページ)。同社のデザインセンターは、世界で高く評価される製品を多数手掛けています。インスタントカメラの〝チェキ〟(正式名称はinstax)もその一つ。画質や機能はデジタルカメラに遠く及ばないにもかかわらず、アナログで情緒的な価値が「レトロ」「エモい」と評価され、若い世代を中心に世界中で爆発的にヒットしているのです。年間販売台数は1000万台以上で、デジタルカメラ全体の世界出荷台数(2023年で772万台,CIPA)を軽く超えているのですから驚きます。「機能」に加えて「意味」を重視し、プロダクトデザインという行為そのものをイノベーションしていることが、この驚くべき実績につながっているのです。

 サービスデザインの分野では三井住友銀行が、デザイン起点で総合金融サービス「Olive」を生み出しています(白書202ページ)。単に既存のサービスのデジタル化ではなく、顧客にとっての「あるべきサービスの姿」を捉え直し、SBI証券やCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)といった社外のプレーヤーとも幅広く共創しながら、銀行、決済、証券、保険など多様な金融サービスをまったく新しい形につなぎ直して事業創造を果たしています。これがデジタルネイティブなスタートアップではなく、伝統的な大企業で実現できたのは、経営層がデザインを肯定的に捉え、二人三脚で組織変革に取り組んでいったからこそです。