モデルから映像作家に転身し、現在は映画監督の米倉強太さん。2025年7月には長編映画初監督作品となる『キャンドルスティック』が公開予定だ。今回はそんな米倉さんに、モデル業界と映像業界のお金事情についてインタビュー。華やかなばかりではない、業界のシビアな部分が明らかに!(渡辺賢一、ダイヤモンド・ザイ編集部)

「ダイヤモンド・ザイ」2025年8月号の「あの人に聞きたい! おカネの本音!」を基に再編集。データはすべて雑誌掲載時のもの。

オートバイを買いたくて「メンノン」モデルに応募
クリエイティブな家庭の出身で“表現者”に関心

――初監督作品の『キャンドルスティック』、面白く拝見しました。じつはキャンドルスティック(ローソク足)は、ダイヤモンド社が明治時代に開発したことをご存じでしたか?

米倉強太さんプロフィール米倉強太(よねくら・ごうた)さん●元「メンズノンノ(MEN’S NON-NO)」モデルという経歴を持ちながら「グッチ」や「ユリウス」そして「ユニクロ」と幅広いブランドの広告映像をディレクションしている。2014年、パリにて映像作家としてユリウスメンズコレクションに参加。日本国内にてMVやTVCM、WEB CMなどを手掛けながら、すべての映像にストーリーを作ることをテーマに作品を制作。2018年、パリにて自身初となる映像展を開催。ベルリンやイタリアなど様々な国のメディアにて取り上げられる。2025年7月4日には長編映画初監督作品となる『キャンドルスティック』が公開される。

米倉 えっ、そうなんですか? 全然知りませんでした。

――不思議なご縁を感じつつ、インタビューを始めたいと思います(笑)。米倉さんはもともと、坂口健太郎さんや成田凌さんたちと一緒に「メンズノンノ」の専属モデルとしてご活躍されていましたよね。子どものころからファッションに興味があったんですか?

米倉 いいえ。小さいころからオートバイや車などの乗り物が大好きで、「メンノン」のモデルに応募したのも賞金でオートバイを買いたいと思ったのがきっかけです。とはいえ、実際に買ったのは自転車でしたけどね。賞金でバイクを買うにはちょっと足りなかったので(笑)。

――その後、モデルとして活動しながら多摩美術大学で映像を学び、映画監督に。華麗な転身ですね。お聞きしたところでは、代々クリエイティブなご家庭で育たれたとか?

米倉 そうかもしれません。母方の祖父は作家で、祖母が経営していた栃木の旅館には、作家の獅子文六さんや画家の竹久夢二さんなど、多くの著名人が逗留していたそうです。祖父は最終的に獅子文六さんの弟子になったんですよ。

 一方で、父方の祖父はというと、医師でありながらプロボクサーにもなったという、ちょっと変わった人でした(笑)。母はイラストレーターで、父は医師です。

 そんな家庭で育ったので、「普通の会社員になる」という発想はまったくなかったんです。とにかく、なんでもいいから“表現者”になりたいという思いがありました。モデルの仕事も自分を表現できる手段の一つだったんです。

――ちなみに、最初に出たコンテストでは賞金でバイクを買えなかったそうですが、その後はけっこう稼げるようになったのでは?

米倉 いえいえ、全然そんなことないんですよ(笑)。「メンズノンノ」の専属モデルといっても「メンノン」以外の仕事も受けられるんですが、僕はぜんぜん稼げませんでした。モデルの世界は華やかに見えるかもしれませんが、あまりおカネには縁がなかったですね。

――では、われわれが想像するよりも質素な生活だったんですか?

米倉 もともと、あまりおカネを使うタイプじゃないので、苦にならなかったですけどね。栃木県の山奥で育ったので、コンビニもファストフードもないし。モデルになり、東京に出てきて嬉しかったのは、大好きなファストフードが毎日食べられることでしたから(笑)。