参議院選挙で考えたい、国の膨大な借金と日本の未来。『金利上昇は日本のチャンス』著者、中空麻奈氏(パリバ証券グローバルマーケット統括本部副会長)インタビュー中空麻奈パリバ証券グローバルマーケット統括本部副会長・チーフクレジットストラテジスト・チーフESGストラテジスト

日本の政府債務残高対GDP比は、太平洋戦争末期の水準を超え、先進諸国で最低ランクだ。しかし、選挙前になると、お金のばら撒き政策ばかりが喧伝される。借金返済の先送りでは日本の未来は拓けない。地政学リスクや災害などへの備えも必要だ。令和臨調で運営幹事を務める中空氏に、新著に込めた思いを聞いた。前後編の連載で送る。(取材・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮、撮影/嶺 竜一)

政府の債務残高の対GDP比は
太平洋戦争末期を超えた

――著書『金利上昇は日本のチャンス』の執筆動機を教えてください。

 日本の経済や金融、財政の課題を、国民みんなで共有しておくべきなのに、そうなっていない。その危機感が根源にあります。そこを本書で問題提起しました。

 7月20日に参議院議員選挙の投開票がありますが、政治家には「日本の現状をしっかり考えてほしい」と思うのです。日本の危機はずっと続いていて、国民全員でその解決に取り組まなければなりません。

 また、本の後半に書きましたが、バブル崩壊や就職超氷河期を経験した人々には、忸怩たる思いがあるはずです。働き盛りの時に輝かしい期間を作ることができなかった、あるいは現にできていないというものです。

 日本経済全体で言えば長期間のデフレ・低成長からようやく抜け出せるかという時、仕事人生で言えば経験や知見を積んで「さあ、これから」という時に、いきなり「次世代に席を譲ってください」と言われる。そういう状態にあって、私たち世代は「このまま引退していいの?」「もっとやれることあるよね?」という思いも私にはあります。

 上の世代は、戦後復興から高度成長まで懸命に働いて豊かな日本を築いてくれました。それを引き継いだ私たちの世代はどうなのか。次の若い世代はまた違った展望があるかもしれないけれど、私たちは何をしたのかと考えた時、「社会のためにもう少し頑張りませんか」という呼び掛け、また頑張るために何をどう考えたらいいかを、この本で著しました。

 デフレを抜け出そうという合意のもと、賃金を上げ、製品・サービスの提供にかかった費用をきちんと上乗せして物価を上げてきた背景を踏まえると、物価高に直面して、政府が一律にお金を配ったり消費税率を下げたりするといった政治家の公約に疑問も残ります。もっと時間軸や視野を広げて欲しい。 

――「安さは正義ではない!」と本の帯にあるのは、その意味を込めてですね。メインタイトルの「金利上昇は日本のチャンス」はどういう趣旨ですか。 

「失われた30年」は、金利が下がり続け、普通預金で言えば限りなく0%に近い低さがずっと続いていた期間です。しかし近年、金利が上がり始めた。異常な状態から抜け出し始めたのです。本書全体では、日本経済のこれまでを分析して、正常化に向け、私たち個人や企業が、それぞれ何をすべきかを書きました。

 金利上昇は、日本経済が正常に戻る過程の金利の変化なので、良いターニングポイントに立っていることを示しました。今こそ「稼ぐ力」の強化、競争力を磨くことが重要です。 

――本の内容は全6章のうち、第1章と第2章が金融政策、第3章はそれによるマーケットの歪み、第4章が財政政策、第5章は日本経済の課題とそれへの対策の提案、終章は今後の金利動向とその中で私たちはどうすべきか、という構成です。2013年からの大幅な金融緩和についてはどう評価されていますか。

 いわゆる異次元緩和は、初期段階でやめず、後半になっても延長した。「アベノミクスという時代の流れとして他にやりようがなかった」と金融政策の決定関係者から言われれば、当事者にしかわからない面があると思うので、それを非難する気はありません。でも、「べき論」としては金融緩和の効果が出た初期段階で政策を転換する手もあったと考えます。

 また、金融政策を緩和し続ける間に、民間企業が低金利を活用して産業を興し、経済活性化が進むように、政府は規制緩和などの政策でそれを促すべきだった。やったのかもしれませんが、できることはもっとあったはずです。財政がこれほど放漫な状態になる前に手を打てたかもしれません。

――日本の政府債務残高は深刻な状態です。ご著書の中でいくつか示されたデータの中で最も衝撃的なのは、日本の政府債務残高対GDP比の推移です(図表1参照)。今日それは200%を超え、太平洋戦争末期の1944年と同水準になっています。

 1990年代末のいわゆるバブル経済崩壊後どんどんと債務残高は膨らみ、2008年のリーマン・ショックや2020年のコロナ禍など経済・社会危機が発生する度に財政の緊急対応が必要になり、債務残高はさらに大きくなっています。

 事態の深刻さを、国民全員が認識しなければなりません。政府債務を減らすには、毎年、地道に財政再建に努めていくしかありません。

 将来世代にツケを先送りしていいのか、と問いたいのです。このままでは、日本の未来を拓くことはできません。

 ここ1、2年に限って言えば、少し経済が回り始めてインフレになって税収も上がり、数字上のGDP比債務残高はほんの少しだけ改善しています。すると、すぐに「経済成長すれば債務問題は解決する」などと言って財政拡大を唱える人が出てきますが、その繰り返しによって国の借金は膨らんでしまったのです。