【大人の教養】“嫌われ者”だったジャガイモが、ヨーロッパを救う主食になるまで
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

ジャガイモが、ヨーロッパを救う主食になるまで
ドイツには、「ジャガイモでフルコースの料理を作れない女の子はお嫁にいけない」という言葉があるそうです。ジャガイモは、ドイツの食卓に欠かせない食材だといえます。
衣食住は、各地の自然環境に対して最適な形で発展します。水が豊富な地域では米を栽培し酒の文化が生まれ、比較的降水量が少ない地域では石造家屋が作られてきました。
ヨーロッパにおける北緯50度以北というのは、今から2万年前の最寒冷期に大陸氷河によって覆われた地域です。そのため氷河侵食を受けて、腐植層が薄くなっています。つまり地力が低く、大規模な小麦栽培が困難な地域です。
地力が低くても育つ農作物、それがジャガイモです。
ドイツでジャガイモが作られた理由
ドイツは国土の中央部を北緯50度が通過します。そのため、ドイツでは、古くからジャガイモを育ててきました。ジャガイモの原産地はアンデス地方といわれています。現在のペルーからボリビアにかけての地域です。ヨーロッパ人はジャガイモを持ち帰るのですが、最初は人気のない食べ物でした。それは見た目が悪いという理由からです。
そこで第3代プロイセン王フリードリヒ2世(1712~1786年)がジャガイモを普及させようと、自ら毎日のようにジャガイモを食べ、模範を示したという説があり、寒冷の痩せ地でも育つジャガイモ栽培を奨励したのも理解できます。
しかし実際は、ジャガイモの調理法が書かれた書籍が普及し、ジャガイモが家庭料理に用いられるようになったというのが真相のようです。
この結果、ドイツだけではなく、デンマークやポーランドにおいてもジャガイモを食べる習慣が根づきました。
豚とジャガイモの意外な関係
さて、ヨーロッパでは古くから豚を飼育するのが一般的でした。豚は「天然の掃除機」といわれ、基本的には何でも食べます。飼育していれば、家の周りの雑草を勝手に食べてくれます。さらに10~15頭を一度に出産しますので、人間にとって貴重なタンパク源です。
ジャガイモを食べるには皮をむきます。デンプンを取れば滓(かす)が出ます。これらも豚が食べてくれます。寒冷で痩せ地のドイツ北部において、ジャガイモは豚のエサとしても役立ちました。
火山灰地で痩せ地の鹿児島県や茨城県においても、サツマイモの生産が盛んで、かつ豚の飼育も盛んです。私の郷里である鹿児島の郷土料理といえば豚肉を使った料理が多く、そして芋焼酎が有名です。まさしく「芋あるところに豚あり!」なのです。
また、ドイツ北部はかつての氷食地で寒冷な地域であるため、耐寒性の大麦やライ麦、エン麦の栽培が行われています。大麦からはビールが作られます。ソーセージやジャーマンポテトを食べながらビールを飲む。そういった食文化が根づいたのは、地球がドイツに与えた「土台」があったからなのですね。
(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)