
同じせりふでも
表現する方法は無限にある
――見えない部分へのこだわりが、結果的に全体の質を高めるのですね。一方で、「仕事がつまらない」と感じるとき、そもそも仕事自体への興味や面白さを見いだせない、というケースもあります。幸四郎さんは、歌舞伎という400年以上の歴史を持つ世界で、常に新しい面白さを見いだし、モチベーションを維持するために、どのようなことを意識されていますか。
幸四郎:まず大前提としてあるのは、私自身がこの歌舞伎という世界を「好きで始めた」という原点です。歌舞伎俳優の家に生まれたからやらなければいけない、という形で育ったわけではありません。
むしろ、父や叔父が演じていた役を見て、その格好良さに憧れたり、心を動かされたりして、「自分もやってみたい」と、ごく自然にこの道に入りました。
―― 一つの役を演じる上で、どのようにして新鮮な発見や面白さを見つけ出しているのでしょうか。
幸四郎:心情を表現する方法は実は無限にあります。例えば「酒をくれ」というせりふ一つとってもさまざまな言い方がありますよね。
相手に面と向かって言うこともあるでしょうし、その場合は小声で言うこともあるでしょう。お店で言うのであれば、そっぽを向きながら言ってもお店の人が気づくだろうから面と向かわなくてもできますよね。
せりふ以外でも心情を表現する方法は多様にあります。例えば、この場面では傘を持っているのか持っていないのか、刀に手を置くのか置かないのか、たばこを吸うのか持っているだけなのか。
さらに映像の場合は舞台に比べればカメラが至近距離にあるので、ほんの一瞬のまばたきなど、極めて繊細な表現で心情を伝えることもできます。
だからもう技術的なことではなくて、役の心情を考えて、こういう言い方になるんじゃないかという想像の積み重ねになります。そこに正解はありません。正解はないと分かっていながらも、正解を追い続けている。それがこの仕事の魅力であり、面白さでもあります。
同じ芝居を見ても、「面白かった」と言う人もいれば、「つまらなかった」と言う人もいる。これはもうどちらも正しいんですよね。だからこそ、私たちは常に考え続けなければなりません。
まだ何かできたのではないか、もっと違うアプローチがあったのではないか、もっと気づくことがあったんじゃないか、ということを生涯積み重ねていくと思います。それが魅力じゃないですかね。